第九章「依存症」
08
 射精をすると、焦燥感にも似た不安に駆られた。つい欲望のままに同級生を汚してしまった。まして脅迫まがいのことをしてのことだ。

「あ、あの相楽さん」

 顔にスペルマをかけられ、伊織はシクシクと泣き出してしまった。溢れ出る涙が精液と混ざり合う。圭介は伊織に触れようと手を伸ばしたが、肩先に触れる前に払われた。

「もういいでしょ。約束は守ったんだから絶対に誰にも言わないで」

「ああ。それはもちろん」

 ペニスを露出させたまま立ち尽くしそうになるが、何かしなくてはと思った圭介は、ポケットからハンカチを取り出した。

「これ、使っていいから」

 ハンカチを手渡そうとすると、またしても圭介の手は払われた。
 伊織はその払った手で自分の鞄を手に取り、中からポケットティッシュを取り出した。

「変なにおい……」

 そう言いながら顔にかけられた精液を拭うが、ベタベタとした液体はなかなか拭き取れず、むしろ塗り広げているようだ。更に、ティッシュのカスが顔に付着し、圭介は見ていられなくなった。

「顔を洗いに行った方がいいよ」

「そうみたいね」

 圭介の言葉に同調した伊織は、鞄から今度はハンカチを取り出すと、スッと立ち上がった。そのまま圭介の横を通り過ぎ、廊下へと出て行った。
 どうしたものだろう。逡巡した圭介だが、このまま放っておくわけにはいかないから、伊織の後を追った。

 だが、廊下を進んでいた伊織が入ったところは女子トイレだった。入るわけにもいかない圭介は仕方がないので女子トイレから近いところで待機することにした。
 壁に寄りかかりながら、圭介は腕を組んだ。やってしまったことを後悔してならない。時間がもし巻き戻せたのなら、どれだけいいことか。無理なことと知りつつもそれを願って止まない圭介に突然の声が聞こえた。

「あれ? 北野君じゃない」

 突然声をかけられた圭介は心臓が飛び出そうになった。

「あ、秋元先輩か。ビックリさせないでくださいよ」

 声の本人は秋元真夏だった。相変わらず人懐こそうな笑みを浮かべている真夏が、何も考えていなそうに見えて羨ましかった。自業自得とはいえ、自分はこんなにも苛まれているというのに。

「こんなところでどうしたの。女子トイレでも気になって仕方ないとか」

 能天気な真夏が疎ましく感じてならなかった。ただでさえ今は誰とも会いたくないというのに。

「違います。放っておいてください」

「なんだか機嫌が悪いね。何か嫌なことでもあった? まなったんが話を聞いてあげるよ」

 圭介の顔を覗き込む真夏に、圭介は壁から背中を離した。

「ええ。だから今は一人になりたいんです。お気持ちだけ受け取っておきますから」

 突き放すように言った圭介は、そのまま部室へと戻ることにした。

■筆者メッセージ
かつて小説でなんjを使った者がいるだろうか……。
( 2017/06/19(月) 21:25 )