08
帰りのバスで思ったことがある。結局、今日は雨が降ることはなかった。天気予報は外れたのだ。そのおかげで、今日は女生徒の尻に偶然とはいえ、触れられたのだからいい日といえばいい日なのだが。
自宅近くの最寄のバス停で降りると、圭介は見知った顔を見つけた。
「おい、日奈子。何してるんだ」
妹である日奈子だった。日奈子は道端に咲いた花を見ていた。
「見ての通り帰る途中」
圭介の一個下の日奈子は思春期真っ只中だった。昔は『ケイ兄』と呼んでは、圭介の後をくっ付いて歩く子だったというのに、最近ではこと圭介に対してはぶっきらぼうな口調ぶりに変わっていた。
「雨降らなかったな」
日奈子と並んで歩く。が、彼女はわざと歩くペースを遅め、圭介の三歩後ろを歩いた。
「夜から降るんでしょ」
「この天気でか」
空は真っ赤な夕焼け空だった。
「知らないわよ。天気予報じゃそう言っていただけ」
今度は圭介を追い越し、日奈子はさっさと家の中へと入っていってしまった。最近ではつまらないことですぐに怒るのが日奈子の性格になってしまったようだ。
「ただいま」
玄関のたたきには、日奈子のローファーが転がっていた。圭介は蹴飛ばしてやろうかと思ったが、またそれを見つけた日奈子が怒る姿がパッと頭に思い浮かび、ローファーを綺麗に並べて置いた。
「なんだお前。もう風呂に入るのか」
階段から下りて来た日奈子はすでに部屋着に着替えており、バスタオルを首に巻いていた。ほんのちょっと前までは家族兼用のバスタオルを使っていたはずなのに、最近では自分のバスタオルしか使わなくなっていた。
「あたし嫌なのよ。誰かが入った後にお風呂に入るのは」
小学生の頃は、めんどくさがってテレビを観ているからとなかなか風呂へ入ろうとはしなかった。それが今では一番風呂しか入らなくなっていた。
「言っておくけど、覗かないでね」
「誰が覗くか」
いくら彼女がいないからといって、妹の裸を見たいとも思わなかった。きっと見たとしても、何の反応も見せないだろう。
日奈子はそんな圭介を知ってか知らずか、フンと鼻を鳴らすとさっさと浴室へとわざと足音を立てながら向かって行った。
ずいぶんと面倒な妹になったものだ。ほんのちょっと前まではお兄ちゃん子で、いつも自分の後ろを付いて回っていたというのに。
圭介は頭を掻くと、自室へと向かった。