第一章「満員のバス」
02
 ようやくバスが乃木坂学園前に到着すると、圭介は押し出されるようにしてバスを降りた。甘酸っぱいにおいから解放された圭介は、女生徒に踏まれた足の痛みを我慢しながら歩き出した。

「ちょっと待って」

 背後からそんな声が聞こえたが、圭介は自分が呼ばれているとは思わなかった。入学してまだ日が浅い。仲のいい女生徒などまだいなかった。

「ちょっと待ってって」

 無視して歩いていると、ふいに腕を掴まれた。圭介はまさか女生徒が呼んでいたのは自分だったのかと、驚いたと同時に、彼女を見た瞬間ギョッとした。
 そう。圭介を引き止めたのは先ほど尻に手が当たっていた女生徒だった。顔は初めて見る顔だった。

「もう。待ってって言ったのに」

 女生徒は息を弾ませていた。

「あの、人違いじゃないですか」

 男子生徒は全校でわずか六名しかいない。うち一人はこの特殊な環境下に馴染めず、不登校になっていると風の噂を耳にしていた。
 そんな中で自分を引き止めるとしたら、先ほどの痴漢まがいのことしか考えられない。圭介は胸がドキドキとし、嫌な汗が背中から流れた。

「違うわよ。バスに乗っていた男の子ってあなただけじゃない」

 やっぱり尻に触れてしまっていたことが彼女にバレてしまっていたのだ。不可抗力とはいえ、どう言い訳をすればこの場を切り抜けられるだろう。

「さっき足を踏んじゃったね。ごめん」

 が、圭介の危惧は杞憂に終わった。女生徒が手を合わせて謝罪したのは、先ほどカーブで足を踏んでしまったことだった。

「痛くなかった?」

 尻を触ってしまったことではなかったのだと知ると、圭介は一気に身体の力が抜け落ちた。なんだ。そんなことかと、嫌な汗も引いた。

「ええ。大丈夫ですよ」

「そう。ならよかった」

 女生徒はそう言うと、さっさと校舎へと向かって行った。彼女からは、相変わらず石鹸の香りがふわりと漂った。
 おかげで、先ほどまで触れていた弾力性のある尻の感触を思い出し、ペニスがボクサーショーツの中で疼いた。女生徒は近くで見ると、とても可愛らしい顔をしていた。十五年間見てきた中で、一番可愛いとさえ思えるほどだった。

 まさかそんな女生徒の尻に触れたとは。圭介は朝から運がいいなと思いながら、制服姿の女子たちに混じって校舎の中へと入った。

( 2016/07/18(月) 15:16 )