01
「蒼ー随分髪の毛すっきりしたなー」
田中先生が廊下で俺を見るなり、目を見開いた。廊下を歩いていた生徒達がクスクス笑いながら通り去って行くのが少し恥ずかしい
「・・まぁ夏だし、うざかったんで」
って言うのは、半分口実で最近のモヤモヤウジウジした気持ちを抱えた自分自身を切り捨てたくて久しぶりにばっさりと短くした髪の毛
「もしかして失恋か?」
「ゲッホ!ゴホッは?」
古いわって突っ込みたくなるところだけど、今の俺にはしゃれにならない。面白いくらい分かりやすく動揺してしまった俺を田中先生は大口をあけて笑う
「おまえ・・・冗談のつもりだったのに意外と乙女みたいなところあるんだな」といいながら短くなった俺の髪の毛を乱暴に触ってくる
「もういいですから・・・それより最初は外の陸上部からでしたよね?」
「おう、そうそうまずは練習風景からで、集合写真な」
そう今日は夏休みの登校日。相変わらず茹だるような暑さで、俺の額の汗を拭って、手元の紙に載っているリストに視線を落とした。カメラマンを引き受けたからにはちゃんと仕事をしないとと根がまじめな俺は心の中で苦笑いしながら次々と撮影を進めていく。
今までは物や風景、動物ばかり撮っていたけど、こうやって実際に人物を撮ってみると、なかなか奥が深くて面白い。動きのある練習の様子を撮影するのは特に難しくて、自分のスキルとセンスの無さを改めて突きつけられる。
「やっぱり蒼に頼んで正解だったな」
外で部活を行っている部活の撮影したデータを確認していると、後ろから覗き込んできた田中先生がうなずく。
「なんですか急に」
今俺は自分の力不足を実感中なんですけど
「いや、俺さ蒼の撮る写真が好きなんだよな、なんていうかうまく言えないけど1枚1枚が丁寧で誠実って言うかさ」
「誠実ですかね?」
「おまえのいいところだぞ、写真にも表われてる見る人には伝わるんだよ」
珍しくまじめな田中先生の言葉にどきっとする。
あの日・・・初めて1枚だけ撮った保乃の写真
実は、締め切りぎりぎりでコンテストに応募していたから。俺の応募した写真を知ってか知らずか、嬉しそうに口角をあげた嬉しそうに背中をバシバシとたたいてくる
「よーし次はバレー部で最後だな」
「いって・・」
そう言いながら体育館に向けて歩いて行く。体育館でバレー部の顧問の先生に挨拶を済ませて、俺はカメラを構えながら練習中のコートに足を踏み入れた。2面のコートの奥のコートでアタックの練習をしている中に保乃はいた。こちらに視線を向けることなく真剣な表情で練習をしている。俺もやるべきことに集中して練習風景をカメラに収めていく。
一段落ついたところで、集合写真を撮るために準備していると、手前のコートの区切りがついた部員が集まってくる。俺は保乃のいる方にさりげなく視線を向けた。すると保乃もこちらを見て俺に気づくと気まずそうに視線をそらした。でもまたすぐに目が合って、保乃は腰のあたりで控えめに手を挙げた。
「あれー井上君だよね?髪切って誰かと思ったー」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、祭りの日に会った保乃の友達がこちらに手を振っていた
「なんかいい感じじゃん」
「うんうん、以外とさわやか系で」
「あ・・・・どうも」
ほぼ初対面の俺に対しても気さくに壁を感じさせない2人。さすが保乃の友達。類は友を呼ぶってやつだ。褒められ慣れていない俺はこういうときどう返していいか分からない
「ねぇねぇ井上君・・・ちょっと聞いていい?」
「なに?」
2人はお互いに目配せすると、少し声を潜めて俺に耳打ちをしてきた
「保乃とは、付き合ってるわけじゃないの?」
この質問は耳にたこができるくらいされてきたのに、今が一番返すのがキツい
「違うよ」
「えーすごくお似合いなのに」
「やっぱり意外だねー・・・あ、噂をすれば保乃だ。保乃−ここに井上君いるよー」友達の一人が保乃に向かって手招きしようとして「待って」俺は咄嗟にその手を掴んでしまった
「ごめん!」
しまったと、すぐにその手を離す。保乃の友達は目を丸くさせて瞬きを繰り返した「私こそ・・・なんかごめんね」
「俺は・・・何を聞かれても構わないんだけど・・・このことを保乃に問いただしたりするのは・・・できればやめてやって。あいつは俺のこと・・・そういう風には思ってないからさ。その・・・俺の一方通行だからさ」
「うわー純愛だ、今のキュンキュンしちゃった」
そのときバレー部の顧問の先生の「集合」というかけ声で、みんな一斉に集まっていった。