02
夏休みに入ってからは特にこれといった予定がなく、「本当にあんた高校生?寂しい青春ね」なんて母さんから言われるけど、ないものは仕方がない。
寝る前になると保乃の事を考えてなかなか寝付けないことが続いている。俺はそれを蒸し暑いせいにして、今日も寝不足のまま昼過ぎまでだらだらと部屋で過ごしている。さすがにのどが渇いてようやく着替えて1階に降りていく
「あ・・おそよう、もう15時だよ」
そんなこんなで、俺の思いはあっさりと、今目の前に保乃がいる。
「お・・・おう」
ぎこちなさを120%残しながらも普段通りに話しかけてきた保乃に対して、俺は250%のぎこちなさで言葉に詰まってしまった。面と向かって話すのはあの日の放課後以来。でもそれだけじゃない。そんなことが吹っ飛ぶくらいに釘付けになったのは
水色の生地に菖蒲柄の大人っぽい浴衣に身を包んで、髪の毛をお団子にまとめた保乃の姿だったから。
「こら蒼!あんた何時間寝るの。ねぇ保乃ちゃんかわいいでしょ!これから部活のお友達と隣町のお祭りですって」
やっぱり、愛想のない息子より、かわいい娘が欲しかったなんて言いながら母さんが後ろで帯を整えながら言う
「かわいい」
ぼうっとしたまま見惚れていたから、何も考えず口から心の声をこぼしてしまった。気づいたときにはもう遅くて「あ・・いや」
「・・・ありがとう」
保乃が珍しく素直に言葉を受け取るから俺もそれ以上に弁解できなくなってしまった。
「ママにお祭りに行くって言ったら、おばさんに着付けを頼んでくれてたみたいで、私もさっきまでしらなかったんだけど」
浴衣も借りちゃった。と袖を持ち上げてみせる保乃。どうりで着付けの資格を持っている母さんが目を輝かせて張り切ってるわけだ
「・・・祭りって今日なんだ?」
隣町で行われる祭り。花火が上がるその祭り小学校の頃は保乃と2人で行っていた。保乃は浴衣で俺は甚平を着て
あーだめだ
浴衣姿の保乃がめちゃくちゃ良くて直視できない。俺は平然を装って冷蔵庫から牛乳パックを取り出してわざと顔を背けて一気に呷った。
「あ蒼!牛乳パックに口付けるなって何度言ったら分かるの!」
着付けで手が離せない母さんが大声で言ってるけど、とてもそれどころじゃない。
「ふふっ蒼いつもそうなの?」
「そうなのよー不衛生だからって止めてって言ってるのに聞かないんだから」
保乃と母さんが話しているのをチラリと盗み見る。「よし、できた!」母さんの声に、保乃が仕上がった背中の帯を自分の肩越しに覗き込んで。俺は久しぶりに保乃が笑っている所を見た。
「保乃・・・もう出かけるの?」
「うん、駅で待ち合わせだから」
「じゃ、そこまで送る」
俺は荷物が入った、小さな巾着を保乃から奪うと、リビングに置いてある自分のトートバックを持って保乃の返事を待たずに玄関に足を進めた。
「大丈夫だよ、別に遠くないし」
気まずいから困る、そんなニュアンスの言葉を無視して、俺は玄関の外に出る。保乃は下駄を引っ掛けて歩きづらそうに俺の後を追いかけてきた。
「待ってよ蒼」
「おい、走るなよ・・・転ぶって」
「あ!」だんさにつまづいて前につんのめりそうになる保乃を、咄嗟に腕を掴んで支えようとする。
その瞬間
保乃の腕が、浴衣越しにビクンと震えた。
あの日の放課後、手を振り払われたあの感覚がフラッシュバックする。
気づいたら俺は、自分から保乃の手を離していた。