05
「あー今撮ったでしょ!」
「保乃」
「だから何?」
「保乃の頭に・・・虫が」
俺がぽつりと呟くと、きゃーっと言いながら頭と手をばたばたとさせながら、騒ぎ出す。
「ごめん、嘘ついた」
「は?え?何うそ?」
ふざけんなーと腕を振り上げる保乃をかわして、おれはその手を掴んだ。保乃の手を握るなんて、もしかしたら父さんが死んだあの日以来かもしれない。
10年前、俺の手を握ってくれたあの温かい手と同じなはずなのに、何かが違う。そう思うのはきっと、俺の保乃に対する気持ちが、あの頃と明らかに違うからだろう。想像していたよりも華奢な手首、保乃はびくっと小さく体を震わせた。
「蒼?・・・・何?」
首を小さく傾けてこちらを覗き込む保乃。俺はその手を引いて、保乃の耳元に口を寄せた。
「・・・・・だ」
「え?」
「俺・・・保乃のこと」
ガラガラー
「よーす、お待たせ買ってきたぞーって田村?」
俺の決死の一言を見事に遮ったのは、帰ってきた佐野の声
「あっ佐野君!」
驚いた拍子に、保乃は俺の手を振り払う。至近距離で不自然に背を向け合う俺と保乃を見て、佐野はすぐにまずいという顔をした。
「あ・・・・すまん、俺まずかったか?」
「や、やだなそんなこと、何もしてなかったし・・・私部活戻る」保乃は慌てて後ずさりする佐野に向かって大きく首を振りながら、普段のおっとりした口調とは全く違う早口で、こちらに顔を向けることなく足早に教室を出て行った。
保乃の足音が廊下の向こうに消えていく。俺は無意識にとめていた域吐き出して、がしがしと髪の毛をかいた。
「蒼・・・・なんかすまん!」
「いや佐野は全然悪くない、俺の方こそごめん、むしろ佐野が来てくれて良かったあのままじゃ勢い余ってなんかやらかしてたかも」
そういうと苦笑いすると、佐野はなんとも言えない顔をして「おまえ。以外に熱いやつだったんだな」って一言とともにコーヒーの缶を投げた
「もうこんなの誰が見ても2人は両思いって分かるのにな」
「家族愛みたいなもんなんだよ、あいつにとって」
「家族愛ねー、つきあいが長い故に、なかなか難しいってことかー」
こんな話を誰かにするのは初めてで、妙に照れくさい。俺は冷たいコーヒーを飲んで顔の熱を逃がした。
「よし、さっさとやるか」
「ん?何を?」
「プリント!佐野・・おまえ忘れてただろ?」
「うわーそうだった、さっさと終わらせて帰るか」
目の前に並べられた仕事をしながら考える、保乃は俺の言いかけたことに気づいただろうか、握った手が離れる瞬間、保乃の小さな手はわずかに震えていた。