03
夕飯を食べ終えてリビングのソファーに座りながらテレビのチャンネルを回していると、玄関のチャイムが鳴る
「こんばんはー」
「あら保乃ちゃんいらっしゃい」
「おばさんこれ、うちのおばさちゃんからたくさん送られてきたからお裾分け」
「わーすごい立派な野菜!いつも悪いわねー」
玄関で母さんと話している保乃を横目に、俺は冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックとコップを2つ取り出した。
「2階上がれば」
「あっうん」
「もう蒼!もっと愛想良くしなさい、保乃ちゃんも言ってやって、この子勉強ばっかりやって頭はいいけど、そのぶんどんどん愛想が無くなってくのよー」
「あはは、でもおばさん蒼は頭がいいから」
俺が先に階段を上っていくと、下の方で母さんと保乃の楽しそうな声がして、「保乃ちゃんゆっくりしていってねー」という母さんの声、これでも年頃の男女が部屋で2人きりだというのに親にも、本人にも全く気にされない。
幼なじみという特権を得た代わりに、それ以上は進めない高く険しい壁が立ちはだかる
俺のソファーに我が物顔でうつ伏せになって、保乃はいつもと違う真剣な顔で漫画を読んでいる。ウチに来るときはたいてい部屋着だから、保乃は今日もゆったりとしたシャツにショートパンツというなんともきわどい格好で、ある意味俺のことを本当に男として見ていないと痛感させられる
そんなことはもうとっくに分かっているのに、まだほんの少しあるのかも分からない可能性を信じている自分がいやになる。幼なじみという距離感に甘んじて、この関係を崩すのも怖くていつまでも踏み出せないでいる俺はヘタレってわけだ。
「なぁ」
「んー?何?」俺の呼びかけに保乃は視線を漫画に落としたまま気の抜けた返事
「前に言ってた、あの・・先輩とはどうなったの・・」
「あー3年の北野先輩のこと?もう連絡とってないよ。あれは友達に強引に紹介されただけだから、もともと興味なかったし、ぐいぐいくるから苦手だったし」
保乃の言葉に、ほっとしている自分がいる。本音を言えばそりゃ他の男の話なんか聞きたくないし、北野先輩はサッカー部のイケメンで、そんな話を聞きたくない、なんなら保乃がはまっているアイドルグループのボーカルにも嫉妬している俺は心の中を悟られないように、必死にポーカーフェイスを装うから、いつの間にか表情を殺すのがうまくなった。
「あーあ、どこかに私のことも甘々に可愛がってくれる人はいないかなー」
いるんだけど、ここに
「なんちゃって、あははは、これはさすがにイタイな」
こっちは本気なんだけど
「そういえばさ、最近里奈ちゃんに彼氏できたんだってーいいよねー」
どうしたら俺も男として見てくれる?
「そしたら里奈ちゃんの彼氏の友達と合コンするとか、みんな盛り上がってたんだー」
居心地のよかったはずのこのポジションは、時に足枷になって身動きが取れないときがある。だけどこの関係だけじゃ満足できなくなっている自分がいる
「行くなよ・・・そんな・・・合コンなんてよ」
「ん?」
「・・・合コンなんか・・行かなくても、案外身近にいるんじゃねーの」
「いやいや、私は行かないよ、部活あるしって誰よそれ?」
「さぁな、その保乃の馬鹿な頭で考えてみたら」
「えー身近かー誰だろ?もしかして佐野くんとか?いやそんな訳ないか、あははは」
なんでここで俺じゃなくて佐野が出てくるんだよ、俺は温くなったオレンジジュースを一気に飲み込んだ