1 君にとって
01
7月も中旬になると、登校してくるだけでじんわりと汗をかく。通学路を自転車で通ると、聞こえてくるもうすぐ夏休みだという話題。そんな声を無視してシャツの第2ボタンを外して不快な胸元に風を送りながら、俺は辿り着いた玄関の下駄箱で上履きを取り出した。

つま先に片足引っ掛けているところで、背中をたたかれる。俺は腰を屈めたまま顔だけ振り返った。

「おはよ、蒼」

目線の先には、いつもの見慣れたスカートから延びる長い足、挨拶を返すのも忘れてしばし釘付けになっていると

「ちょっとどこ見てんの」

頭のてっぺんを指でぐりっと押されて思わず声が出る

「いってぇ」

地味にいたいんだよこれ、眉間に皺を寄せて頭をさする俺のことはお構いなしに、声の主は顔の前でパンと勢いよく両手を打った

「ねぇー蒼くん一生のお願いがあるんだけど」

普段と真逆のやたら甘ったるい口調に俺は思わず顔をしかめる。

「なんだよ、それ気持ち悪いよ」

「なに失礼だな!これでも精一杯かわいこぶってみたんだけど」

肩まで伸びた髪の毛を一つにまとめた柔らかそうな髪の毛を揺らしながら彼女はケタケタと笑う。かわいこぶったという変な声なんかより、その屈託のないその笑顔の方が俺にとっては何倍も破壊力があるのに、まぁこの目の前の彼女が俺の気持ちに気づくはずもない。自慢ではないが俺は10年近く気の置けないただの朝ななじみという役を演じている。いちいち感情を露わにしていたらやってられないから。

「それで何お願いって?」

「英語の宿題を写させてほしいです!」

「はぁ、だからいつも言うけどさ、こんなところで一生のお願いなんて使わない方がいいんじゃないの?」

彼女の一生のお願いってやつは、もう何度叶えてやっただろうか、どれもこれも一生をかけるほどでもなくて、もう頼むときの習慣になってんじゃないかと思うくらいよく使う。でも結局悪意があるわけでもない彼女だからなのか、それとも惚れた弱みってやつか俺は毎回聞いてしまう。

「ありがたやーさすが蒼様!やっぱり持つべき物は頭の良い幼なじみだね。じゃ私先に行くね」

彼女は俺の英語のノートを胸に抱いて、ステップを踏むように自分の教室へ駆けていく。相変わらず調子が良くて、でもそういう仕草がいちいち

あーだめだ

遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、俺は今日も小さくため息をついた。


田村保乃

俺にとって初恋を拗らせてる相手であり、そして彼女にとって俺、井上蒼はただの幼なじみってやつ















about5 ( 2020/01/19(日) 22:58 )