第29話
くしゅんっ
その時扉の向こうからくしゃみが聞こえた。
「え、白石もしかして今何も着てないの!?」
「うん…バスタオルにくるまってるだけ…」
それはまずい。5月の夜だ。いくら春だとはいえ気温は10度近くまで下がっている。おまけにシャワーを浴びたままとなれば体は相当冷えているはずだ。
「し、白石…相当寒いの我慢してるよね…?」
歯ぎしりの音が聞こえ出した。
「どうしよう…誰か呼んでこようか!?」
「だめだよ。このこと先生にチクったなんて思われたらまた何されるかわかんないよ…」
声の途中途中で歯ぎしりが聞こえてくる。
「でも、僕が入るわけにはいかないし…だれか女の先生呼んできた方がいいよ!」
白石はそれには返事をしなかった。やめてくれと言うことだろう。
しばらくの沈黙を白石が破った。
「…入って…」
ガチャリと鍵をあけるおとがする。
「え、でも…白石今、服…」
「なにか…服を…貸してくれない?…私、本当に…凍え…死んじゃう…。だから…入って…でも…なるべく…見ないで…ね…?」
「わかった…」
ふぅ。と深呼吸をして鍵が開けられた扉を開く。中の空気が僕の鼻腔をかすめる。女の子の匂いがする。
中を見ると白石は薄いバスタオルにくるまりこちらに背中を向けていた。
「絶対…見ないでね…?」
顔だけこちらを向け髪をまだ濡らしたままの白井が精一杯の笑顔で僕へ言った。
唇は完全に紫色に染まっていた。
下着も全てどこかへ隠されてしまったようだ。
僕の目に映っていたのは普段の明るい白石ではなく弱り切った姿の白石だった。
僕はその姿にいても立ってもいられなかった。
「白石っ!」
着ていたブレザーを脱ぎ後ろから白石の肩にかける。
そして彼女を温めるようにそしてなるべく体に触らぬように後ろから彼女を抱きしめた。
「辛かったね…もう大丈夫だよ。」
今での僕なら絶対にすることない行動だったと思う。ただ、今の僕はもう昔とは変わっていた。それも全て白石たちのおかげだろう。
「ふふふ、直樹あったかい…」
体に触らぬようにと不自然に白石の前に回された手を白井の手が上から包む。
とてもとても冷たい手だった。
「ふふふ…手の回し方変だよ…?直樹だったら…いいよ…?少し触られても。」
そう言うと僕の手を白石が自分の体にくっつくように抑える。
僕の手がバスタオル越しに白石の体に触れた。
柔らかい感触が手に伝わる。
「あったかい…。人ってこんなにあったかいんだね…」
邪な気持ちが少しも浮かばなかったといえば嘘になる。ただ、今はそんなことは考えていい状況ではないとすぐに理性が勝った。
「ふふっ、白石が冷たすぎるんだよ。」
「たしかに。そうだね。」
しばらく僕は、そのまま白石を後ろから抱きしめていた。