第三章
10 RUN AWAY
 ひとしきりミュージカルの様に笑っていたケイラがはたっと立ち止まりこちらを向いた。

「じゃ、そろそろ寒くなって来たし私は帰ろっかな?」

 腕時計を見れば夜の10時もとうに過ぎ、吹きすさぶ風も冷たさを増していた。

「送って行こか?」

「え〜?もしかしてそれ、私に言うてんの?」

 言ってから気付いたが、彼女には必要のない提案だった。

「・・・そやな」

 天は二物を与えず、とは良く言ったものだか彼女に関しては当てはまらなかった。ケイラは高校時代に女子空手界の頂点に立っていた。秀外恵中の上に強さまで兼ね備えている。二物どころか三物も与えられている。

「逆に送ってあげよか?」

「いや、遠慮しとくわ」

 いたずらっぽく笑いかけられ俺も笑って答えた。


「あっ!そや」

 歩き出したケイラが振り返って俺を見た。

「ナオ君さ・・・ 一回ちゃんと話し合った方がええんちゃうかな?」

「・・・ショージか?」

「もっと話すべき人がおると思うけどな・・・・・・」

 首を横に振り俺の顔をじっと見据えた。

「誰やねんな?」

「・・・じゃ、またね」

 俺の返答に肩をすくめた後に小さくため息をつき、手を振り去っていった。

「あ、おい!ケイラ」

 呼びかけに振り向く事なくケイラの後ろ姿は深い闇の中へと消えて見えなくなった。





「・・・寒っ!俺も帰ろ」

 ぽつんと1人佇んでいたが、さっきよりも寒くなり始め俺も事件現場を後にした。


 薄暗い路地から大通りへと出れば、先ほどまでいた場所とは別世界かと錯覚してしまうほどの眩いイルミネーションが目に飛び込んできた。

「そっか、クリスマスシーズンか・・・」

 光輝く御堂筋を歩きながらコートのポケットからウォークマンを取り出しイヤホンを耳に付けた。

「まちはイルミネーショーン、きみはーイリュージョン、てんしのようなーほほーえみ・・・・・・」

 ランダム再生でかかった曲をつい口遊んでしまった。

「えいえんにー、いきられるーだろうかー、えいえんにー、きみのー、ためにー、べ・・・」

 誰もいない御堂筋で口遊む声も徐々に大きくなっていき、サビへと差し掛かろうとするも携帯のバイブによって現実に引き戻された。

「菜々・・・?」

 画面に表示されたのは意外な名前。

「どうした菜々?」

『――――ト―』

 電波が悪いのか聞こえてくるのは雑音と途切れ途切れのわずかな声だけだった。

「もしもし」

『―や―――はな――』

「菜々?」

『――――けて―』

「おい、菜々!」

 雑音に混じって聞こえたカシャンという衝突音を最後になんの音もしなくなった。

「おい菜々!どうした!なんかあったんか?」

 何の応答も無い携帯に呼び掛け続けた。

「菜々!」

『ヤッホーー!ナオちゃん!』

「ショージか!?菜々は?」

 電話に出たのは菜々ではなくショージだった。

『まぁ落ち着けって。いつもの、例の場所で待ってっからよ』

「どうゆう事や?」

『んじゃ』

「ちょ、おい!」

『――――』

 いつもの軽い感じで電話は切られた。


「例の場所って・・・ あそこか」

 思い当たる場所へと走り出した。





■筆者メッセージ
次回から終章です。

二章が長過ぎて三章とのバランス悪くなっちゃいましたね…


絹革音扇 ( 2014/02/11(火) 02:53 )