11 夢
夕夏が事故の状況を語っている間も俺の頭に浮かぶのはユーマとのやり取りだった。
「ねぇ雪村君、今の何回転してた?」
―7、いや8回やな―
「ホンマに?やった!自己ベスト更新や!」
―そやけど、今の感じやったらまだもう1回転しそうやったで―
4年前の夏の日。タンクトップ姿でウィンドミルを披露した少年が白い歯を見せて笑う。
「オレね、高校卒業したらアメリカに行きたいねん」
―アメリカ?―
「うん!本場のB-BOY見て勉強したいねん」
―へ〜、ブレイク留学ってやつか?―
「それ!ほんで、ゆくゆくはチャンピオンになるわ」
―じゃ、楽しみにしとくな―
「雪村君にも結城君にも見せてあげるわ!」
うだる様な暑さの中、ぬるくなった水を口に含み少年が嬉しそうに語った。
「・・・・・・つまり、ユーマはお前を守ろうとしたって事か?」
夕夏の説明を聴いていたショージが掛布団の腹辺りに手を置き言った。
「はい・・・・・・」
その言葉にショージが微かに柔和な表情を浮かべユーマの方を向いた。
「それで、医者は何て言うてる?・・・・・・その・・・足のことは」
すぐに、視線を戻し厳しい表情で尋ねた。
「リハビリ次第で日常生活は可能になるとお医者様は言ってくれましたが・・・・・・」
「以前の様に激しい運動は難しいと」
夕夏が言葉を区切り声を震わせた。
「・・・・・・・・・」
俺は何も言えなかった。いや違う、正確には掛けるべき言葉が見つからなかった。
「私が・・・・・・ユーマの・・・夢を・・・」
「いや、それはちゃう。お前は何も悪ない。泣くな」
床に雫を落とし、小刻みに震える小さな肩をショージが包み込む。
すすり泣く声とそれを宥める声を聞きながら俺は1人病室を出た。
「帰るか」
しばらくして、病室から出てきたショージが短く言い、それに頷いた俺も黙ったまま出口へと歩いていった。
駐車場で車に乗った途端にショージが携帯を取り出し誰かに電話で指示を出した。
「今日の晩に全員集めろ。しょーもない遊びは終わりや、こっからは轢き逃げ犯を捜し出す。・・・・・・当然ポリより先にや」
出会ってから一番冷たく刺さる様な声の電話を切ってショージが俺に声を掛けた。
「ナオトはどうする?」
「・・・・・・」
どうするべきか解っているはずなのに相変わらず答えは出ない。
「・・・まぁええわ」
興味を失ったかの様に言い捨てられ車内には沈黙が続いた。
「ここでええ。ありがとな」
乗った時と同じ場所に車が停まり、降りようドアを開けた瞬間
「夢を諦めざるを得ないのと夢から目を背け続けるの・・・・・・どっちが辛いんやろな」
ショージが呟いた。
「・・・あぁ?」
ドアから半身を出した状態で反射的に声が出た。
「ただの独り言や、気にすんな ・・・・・・それとも、心当たりでもあんのか?」
「何が言いたいんや」
「ちょっとした疑問の独り言や言うてんやろ?突っ掛かってくんなや」
「突っ掛かって来とんはそっちちゃうんか?」
「俺が?笑わせんなよナオト。"今の"お前に喧嘩ふっかけてなんになるよ?」
今のという部分を強調させてショージが冷たく笑う。
「それもそうやな、お互い"ガキ"やないんや。じゃあな」
サイドミラーと窓を挟み見えない相手を睨み付け、ガキを強調させ、ドアを閉めて車の進行方向と逆に歩き出した。