13 よく知る悪い男
「おざーす」
「おはようございます。雪さん。珍しいですね?ギリギリなんて」
「ま、ちょっとな・・・」
後ろ髪を引かれる思いで走り、バイト先に到着したのは11時の2分前だった。
「・・・オーナーは?」
タイムカードを捺しながら、今日の相棒の氷室に尋ねた。
「えっと・・・さっき帰っちゃいました。発注よろしく!って」
「またか!?」
俺の驚きの声に氷室はただただ苦笑いを浮かべていた。
バイト先 Kマート。
"安さ銀河一への挑戦"と言うどこかで聞いた気がする謳い文句を掲げる個人経営のコンビニ。採算がとれない様なぶっ飛んだ商品価格と気分で店を開けると言うふざけた経営方針で地元民から愛されてはいる。ちなみに店名のKはオーナーのイニシャルから来ているらしい。
「あの〜雪さん」
「ん〜?」
オーナーから押し付けられた発注をしていると氷室がおずおずと話し掛けてきた。
「その・・・・・・島田さんって・・・・・・・ホントに付き合ってる人いないんですかね?」
「はぁ?!この前シフト変わったったやろ?そん時に聞かんかったんか!」
「いや・・・・・・、その・・・なんて聞けば・・・」
「お前は・・・・・・」
この氷室と言う男、顔はいいくせに男子校出身が災いしてなのか女性に対する免疫が低すぎる。中学生並のピュアさを持っている。
そんなピュアボーイ氷室が島田に一目惚れしたらしく、同級生の俺を頼ってお近づきになりたいようだ。
「そんなもん"彼氏いてるんですか?"ってストレートに聞いたらええやろ」
「そんなの無理ですよ〜。雪さんが聞いて下さいよ」
「ホンマにええんか?・・・・・・それは嫌われるで」
「えっ!?」
「そらそうやろ?自分で聞かんような奴を好きになる思うか?」
女の子なら可愛いものだが、男がやると女々し過ぎて引くレベルに思える。
「ま、せいぜい悩め青少年!」
氷室に激励の言葉を投げ掛け作業を続けた。
それからしばらくして入り口から入店を報せるメロディが鳴った。
「いらっしゃいま・・・・・・・ってネギさんか・・・」
「根岸さんや!雪村!」
ドカドカとがに股でレジに近付いてきたのは顔見知りの刑事だった。
「いつものですよね?」
「おぉ!それと熱いコーヒーな!」
わがで持って来いや・・・と心で思いながらコーヒーを取って来てタバコと一緒にレジへ通した。
「・・・あの事件の捜査ですか?」
「あ?まぁ、それだけちゃうんやけどな。冬休みやし、がきんちょ共に目ぇ光らせとんねや」
初めて会った頃よりも後退し寂しさを感じる頭をボリボリ掻きながら根岸のオッサンが答えた。
「大変ですね・・・」
「ま!お前らん時よりかは、だいぶ楽やけどな」
「・・・・・・2点で280円です」
「お前は真面目にやっとるみたいやな!」
ちょうどの小銭を出し豪快に笑った。
「・・・・・・根岸さん。これも持ってって下さいよ。差し入れです」
そう言って、肉まんを一つ袋に入れて渡した。
「ほ〜!立派になったもんやの雪村!もろてくわ」
「いえいえ・・・ またお待ちしてます」
笑顔で出て行くオッサンの背中を見送っていると氷室が声を掛けてきた。
「雪さん、今の人誰ですか?」
「まぁ、ちょっとした知り合いかな。少年係の刑事」
「へ〜 それより、いいんですか?あの肉まんって時間切れてますよね?」
「あ〜気にすんな!あのオッサンなら問題ないわ」
オッサンの鉄の胃袋っぷりは過去の経験からよく知っている。
「・・・雪さん、笑顔が黒いですよ」
「ん?そうか?完璧な営業スマイルやろ」
氷室に時間を指摘され時計に目をやれば短針もとっくに頂点を越していた。
(遅いな・・・・・・)
来るはずの人物が来ない事に一抹の不安を隠せないでいた。