第三章
08
「こりゃ参ったね…」

 署に戻るための足を失い駐車場で途方に暮れる南。

「…タクシーで帰るか」

 頭の中で領収書の事を考え施設から出て通りへ向かい歩いていると、一台の車が近付き側に停まった。

「……先輩」

 申し訳なさそうに東山が声を上げた。

「おっ!東山いいところに来たな。署まで乗せてってくれないか」

「え…… あっはい」

 東山の言いたい事がなんとなくわかっていた南だったが、敢えて触れずに助手席に乗り込んだ。









「………」

「………」

 沈黙が支配する車内。運転しながらも東山は横目で何度も南の方を伺っていた。南もその視線には気付いているが何も言わないで手帳を見たりしていた。

「……なんか言いたい事でもあんのか?」

 痺れを切らした南が折れ東山に話し掛けた。

「……えっと、その… すいませんでした」

「ん?」

「僕…怒られたんですよ。病院で蝶野さんに」

「"お前は何者だ"って"こんなとこ来る暇あるなら南から一つでも盗め"って…」

「結局、何にも解ってなかったみたいっすね」

「なぁー、東山」

 乾いた笑いを見せる東山に南は声をかけた。

「俺らは……刑事なんだ。後悔も反省も今は必要ない、事件は起きてるし犯人も待っちゃくれないからさ」

 この言葉は南自身が駆け出しの頃に蝶野に言われた言葉だった。

「だから……今やるべき事を全力でやろうぜ」

「はい…」

「んじゃ、今すべき事は何だ?」

 鼻をすすり返事をする東山に南が一つ問いかけた。

「捜査ですか…?」

 一瞬の間を置き東山が小さく答えた。

「はい残念!東山が今すべきは俺を署に送る事でした」

「え?ちょ… え?」

「冗談だよ。冗談」

 慌てる東山に事件のあらましを自身の推測を除き、事細かく聞かせた。


「……う〜ん」

「何か引っかかるか?」

「いえ、たいした事じゃないっすよ」

 前置きをし、東山が疑問を口にした。

「なんで夜中なんすかね?」

「ん?」

「いや、昨日のさっしーのを踏まえたらイベント中に殺した方が疑いの目は向かないはずっすよね」

 確かに東山の指摘はもっともで、南もその事は考えていた。全員のアリバイのない夜中に殺害するメリットは何も無く、イベント中なら外部の人間の犯行にも出来たはずだった。それなのに何故……

「衝動的だったのかもな」

「どういう事っすか?」

 南が始めに感じた違和感。刑事の勘に過ぎないが、的確だと思える表現。

「…直感だ、気にすんな」

「そっすか…」

 一つの疑念が南の中で形を成していき、車は千代田署に到着した。





絹革音扇 ( 2013/12/21(土) 00:46 )