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高校入学と同時に私は井上さんという家の養子になり、下の名前も“理々杏”から“小百合”に変えた。あだ名でずっと“りり”と呼ばれていたから、そこから取って“小百合”。案外気に入っている。それに、ユリの花言葉は「純粋」。私の菊野君への気持ちは純粋なものだから。
私は彼のために生きると決めたから、「純粋」な彼への献身。それだけを考えていた。
現に、いつも考えるのは彼のこと。連絡先を交換できずに別れてしまったけれど、必ず彼とは会えると思っていたから。これといった根拠はないけれど何か確信めいたものが私の中にはあったから。
高校では中学時代に学んだことを生かして、一人称を“僕”から“私”に矯正した。何も変なことは起きなかった。穏やかに高校生活は過ぎていった。
数人の男子から告白されることもあった。
「好きです付き合ってください」
軽い言葉だった。あまりに軽すぎる。それに、私には永遠に追い続ける相手がいるから断った。
「好き」とか「付き合う」とかそういう次元に私はいない。一番近い言葉で表すなら、“愛”。
自分でも思うけど、異常だと思う。今後会えるかわからない相手に対して自分のすべてを捧げ、その人を追い続ける。常識に照らして考えれば、はっきり言っておかしい。
けど、周りがどう思っていようが私には関係がなかった。本物の愛なんてそう易々と理解されるものではないから。
高校生活はあっという間だった。大学もそれなりの所に合格できた。
いざその大学に入学すると、私が高校の3年間であんなに恋焦がれた彼がいた。運命だと思った。根拠のない確信が実現した瞬間だった。
けれど、私の顔は中学時代から成長を経てだいぶ変わってしまったことに加えて、伊藤理々杏ではなく、井上小百合として彼の前に現れることになった。
これだけの想いが世間的には狂気じみているだろうというのは容易に想像がついた。だから私は伊藤理々杏としてではなく井上小百合として彼とまた1から仲良くなる道を選んだ。
すぐに打ち解けた。当たり前だ。彼のことはよく知っているのだから。これからもずっと彼のそばで彼のことを見守る。
「僕がついてるから。ずっと一緒だよ」
そう私はつぶやいた。