Always with you
A
小学校にあがるずっと前。私の毎日の楽しみはアニメとかを見ながら母親の帰りを待つことだった。


3歳くらいまでは母親の実家、私の祖父母のもとに預けられていたが、母親と祖父の間で何かしらの衝突があったのか、私が4歳になった頃には母親との2人暮らしになった。けれど、保育園の空きがなく私は日中一人で留守番をすることになった。


苦渋の決断だったと思う。最初の頃、母親は何かと理由をつけて職場を早退してきていたが、私が一人でもなんとかなっていることに安心したのか、日を追うごとに早退の回数は減り、最終的には終業時間まで働くようになった。


そんな私が暇な日中、誰もいない家ですることはテレビを見ることだった。
幸せであったけど、何一つ不自由なくという生活とは縁遠かった私。そんな私の目に映るテレビアニメの中の主人公や特撮ヒーローがすごくカッコよく見えた。弱い者を助け、悪を打ち倒し、最後には颯爽と去っていく。そんな姿に憧れた。


子供が何かしらの憧れを持った時、その子供は憧れを持った対象のマネをするらしい。そうして自身をその憧れの対象に少しでも近づけようとする。「学ぶ」の語源は「真似をする」ことだという。ともあれ、私の一人称が“僕”になったのはこの頃からだったと記憶している。


「“僕”ね、今日ね、お天気見たから明日のお天気分かるんだよ?すごいでしょ!!」

「“僕”もお料理のお手伝いするー」

“僕”という一人称に母親は最初は驚いていたけれど、「直しなさい」と言われることもなくいつもニコニコとして私の話を聞いていた。すごくいい母親で、みんなに自慢できるような母親だった。


その後、私の“僕”という一人称を母親が亡くなった後、中学の3年生まではそのままに、私にとっては何の違和感もなく私は使い続けるのだが、その中学3年生、思春期真っ只中にある転機が訪れる。

■筆者メッセージ
10日ぶりの更新となりました。お待たせいたしました…。
Hika ( 2019/09/28(土) 22:37 )