第16花ールビナス
ちょうど1週間前。彼が蘭世ちゃんに呼び止められてそのまま5限をサボった日。その次の日だけはなぜかすごくやつれて見えたけど、それ以降はいつも通りの菊野君に戻っていた。
「最近、元気そうだね菊野君」
「ん?そう見える?」
「うん!サークルでもばっちり輝いてるし!」
「それはありがと。そういう小百合も元気そうだけどな」
私は彼に笑顔だけを向けてそれ以上は何も言わなかった。
『私が元気なのは、菊野君がいてくれるからだよ』
そう心の中でつぶやいた。
『今までも、これからもずっと…。』
そっと心の中でそう付け加えておいた。
何気ない毎日。菊野君と講義が被っていれば一緒に受けてサークルではマネージャーとして菊野君を近くで見ていられる。これ以上に幸せなことは今の私にはない。これ以上の幸せを願ってもいいものなのだろうか。
目の前にあるこの幸せだけで満足できるのはきっと聖人君子か何かだ。十分だったとしてもそれ以上を求めてしまうのが人間の性なのだから。私がこれ以上に求めること。
きっとそれは菊野君の恋人になってもっと彼と濃密な時間を過ごすこと。彼をもっと知りたい。そんな欲望が私の中に渦巻いていた。
こんな風に私が彼を思っていることは、彼にとって思ってもみないことだと思う。ふと真剣に教授の話に耳を傾けている菊野君の横顔を盗み見る。彼のどこが好きなのかはわからない。でも、こういうのって理屈ではないと思うから。
そのまま長いこと彼を見ていた。視線に気づいたのか、彼の視線が私の視線とぴったりと重なった。そして彼は「なんかあった?」と言いたげに首をかしげて、また手元のルーズリーフに視線を戻していった。