二束目
第13花ームラサキケマン
ほんの1時間か2時間前。ちょうど店内の客が居なくなったところでかりんさんから「休憩行っといで!」と言われて、奥の休憩部屋兼更衣室で好きなバンドの曲を聴きながらスマホを見ていた。


ネットで今年の夏のトレンドを見ていた時だった。流れていたバンドの曲が止まり、着信音が鳴った。電話の相手は春樹君だった。出ようか少しだけ迷った後に、緑色のボタンをタップした。


春樹君から私の家に来たいと言ってきたのは初めてだった。なぜか理由を聞こうとしたけど、心なしか春樹君の声が震えている気がしたから喉元まで来た「どうして?」を飲み込んでバイトが終わる時間だけを伝えた。


バイトが終わると私は急いで家に戻った。


家に帰って10分くらいで春樹君は家にやってきた。部屋に入ってきた春樹君に「どうしたの」と問おうとした瞬間に彼に抱きつかれた。

「先輩、強く抱き締めてくれませんか」


彼の言葉には悲痛さが滲んでいた。頼る相手が居なくて私の所へ来たのだろうと思って彼の望み通り、強くそして優しく抱き締めた。

「どうしたの」と聞くのは野暮な気がしたから、またいつかの機会に聞こうと決めて私は彼が「もういい」と言うまで抱き締めていた。


「先輩、ありがとうございます。もう大丈夫です」
私はゆっくり首を横に振って答えた。
「良いんだよ、別に。誰にだってそういうときはあるから。それよりも、私を頼ってくれて嬉しかったよ」

彼の顔を見ると彼は泣いていた。泣いている彼を見るとなんだか愛おしくなって、私はまた彼を抱き締めた。


結局その日は体を重ねることなく朝を迎えた。彼の不安を取り除くことができたならそれでいい。私だってそういう対象としてだけ春樹君を見ているわけではないのだから。


彼が感じている痛みを私も分かち合いたい。いつしか私はそう思うようになっていた。彼がどれほどの闇を抱えているかなんて関係なかった。

■筆者メッセージ
今日も更新。次の更新はいつだろな。
Hika ( 2019/07/23(火) 21:18 )