Take my mind off
D
突然にその機会は訪れた。すべての条件が揃った。


凶器は押入れの奥底から見つけた、たぶん父親のものであろう刃渡り10センチはあろうかというサバイバルナイフ。ところどころ錆びついていたが、錆をとり、刃を研いでおいた。このサバイバルナイフも活躍の時を今か今かと待ち構えているのだろう。


時刻は午前2時。家全体が寝静まった頃。俺はそっと寝床から抜け出した。窓には大粒の雨が打ち付け、時々遠くから雷鳴が聞こえた。

そういえば、殺人のシーンが出てくるようなドラマや映画は何故か夜で雨が降っているシーンが多いななんてことを考えながら父親の部屋へと向かった。


ドアを開けなくても分かる、酒の匂い。自分の好きな安い酒をあおってから死ねるならこのクズの父親も本望だろう。大いびきをかきながら眠る父親の枕もとでそう思った。


踏みとどまるなら、後戻りをするなら今だぞと弱気な自分が脳内で声を上げた。しばしの葛藤…。

だが俺はゆっくりと首を横に振る。この環境からの解放を強く望んでいるのは紛れもなく自分自身だ。何をいまさらここまで来ておいて怖気づいているのか。やらなければ自分がやられる。それで後悔するならやって後悔した方が断然マシだ。


改めて決意を固めて、汗ばむ右手で握ったナイフの刀身に映った自分を覗き込んだ。

刀身に映る自分が「やれ!」と声を上げた。気がした。




無我夢中だった。気づけば父親の寝室は血に塗れ、俺もまた返り血を浴びた。本当ならさっさと洗い流したいのだが、まだ母親が残っている。足音を忍ばせながら血生臭い部屋を後にした。



母親を殺めた時も詳細は覚えていない。弱冠10歳にしての大仕事なのだから無理もない。ただ、夢中でナイフを振り下ろした記憶だけが残っている。




すべてが終わった。あとは体に浴びた返り血を洗い流して、計画に沿って行動するのみ。使ったナイフは近所の小高い丘に埋めた。雨がいい仕事をしてくれた。


そして、自ら警察に通報を行う。


「はい、110番警察本部です」

あくまで演技だが、それっぽく聞かせなければならない。

「あ、あのっ、変な人がっ、家に入ってきてっ…」

話相手のスイッチが入った気がした。だが、あくまでも子供相手なのだから口調は優しいままだった。
「うん、入ってきてどうしたのかな?」

「お父さんがっ、刺されて…、次、お母さんの部屋に、入っていって…」

「分かったよ、住所は言えるかい?」

「あっっ、ヤダっ、来ないでっ…   うっ…」

そのまま、電話線のコードを引っこ抜いた。通話時間は十分なはずだ。少し時間はかかるが警察は必ず来る。その前に一仕事しなければならない。


台所から果物ナイフを取り出してきて、右手で背中にあてがう。少しでもずれて動脈に傷がつけば俺もあの世だ。大きな博打だが、やるしかない。


神様、というものがいるのであれば。そう祈りながら俺は右手に持ったナイフを下向きに引いた。

Hika ( 2019/07/16(火) 01:12 )