名もなき花の物語 - 一束目
第3花ーユリ
「菊野君?まだ残ってたんだね」
ムキになってボールを蹴り続けていた俺のところにやってきたのは、同じ学部で同じ学年の小百合だった。


「あ、あぁ小百合か」
「『あぁ』ってなんだよっ!それよりまだいたんだね。私さっき事務の人に鍵かけてもらうように言っちゃったよ?」
解散してからすでに30分以上経っていた。
「マジ?もうそんな時間かよ」


小百合は何故かこのサークルの活動に必要ないだろうにマネージャーをしている。どうやら先輩に半ば強引に誘われたようだが、もう慣れたかのように体育館の鍵の開け閉めだったり備品の管理だったりをしてくれている。


今日感じた不快な汗を洗い流すべく顔を洗ってトイレを出ると、小百合がタオルを片手に待ってくれていた。
「菊野君、普段居残りしてボール蹴ってるようなイメージなかったんだけど?」
片手に持ったタオルを俺に差し出しながら言った。
「なんか今日は蹴りたくてな」
「ふーん?そっか」
「なんだよ?」
「いや、なんか今日の菊野君のプレーがおかしかったなって。それに、黙々と蹴ってた菊野君がなんか怖かった。」
俺はそう言われて黙った。2人の間に沈黙が続いた。


「気を悪くさせちゃったなら、ごめんね?けど、いつものプレーがかっこよくて。って私何言っちゃってるんだろ…。つまりその、あの…誰だって調子悪い時もあるだろうしそんなに気にしなくても良いんじゃないかなって」
俺は笑った。


「ありがと、小百合。なんか元気出たような気がするわ。お礼に飯でも行く?」
「馬鹿にしただろー!おごりなら許す!!」
「しょうがねぇなぁ、安いので頼むぞ」
「やった、そうと決まったら早く行くぞ!」


小百合の気遣いに感謝した。ただ、今までにあんなに調子が狂ったことはなかったのにどうしてだろうか?なんとなく元気にはなったものの、俺の心は晴れなかった。
「菊野君早くー!」
既に小百合は廊下の端にいた。
「小百合早すぎ。そんなに嬉しかったの?おごられるのが」
「うるさいぞーご飯はステーキだからな!!」
「ちょっ、それはないって…」
自然に笑えた。


Hika ( 2019/05/20(月) 02:03 )