一束目
第10花ーオトギリソウ
「寺田さん…ね。とりあえず色々と聞きたいことがあるんだけど」
「私はこの後何もないから良いですけど、先輩は講義あるんじゃないんですか?」
挑戦的な目を向けるランの香りのする子、寺田さん。

「そんなものどうだっていい。それよりも何倍も大事なことだ。」
「そうですか。じゃあ場所、変えましょうか。」


寺田さんと入ったのは大学からほど近いファミレス。ドリンクバーもメニューも格安なため、多くの大学生が利用する。俺も何度かレポートづくりのためにノートPCを持ち込んでドリンクバーにはお世話になった。

「先輩、もちろん驕りですよね?」
まったく、ちゃっかりしている。俺は無言でうなずいた。ドリンクバーくらいは容易い。

「それより、」
「分かってますよ、先輩。なんで私が先輩の過去を知っていて、その過去の経験から今、何のために先輩が生きているのかを知っているのか。ってことですよね?」


本当に俺の過去を知っていながら俺と1対1で話すことを決めたというなら、怖いもの知らず、といえばいいのか。普通なら俺の過去を知っているのなら俺のことを皆、忌避すると思うのだが。とはいえ、その過去を知っているやつは俺以外にいなかったはずだ。そう。そのはずだった。

「先輩?すごく怖い顔してますよ?」
「寺田…さんは俺の過去を知っていながら俺と話すのは怖くないわけ?」
「今、先輩はそういう風には見えませんから」
「そっか。で?何で知ってるわけ?」


俺の目の前で安いアップルティーを優雅に飲んで見せる寺田さん。余裕を感じた。確かにこの状況で優位にいるのは紛れもなく俺ではない。
「先輩、先輩の答え探しは終わりましたか?先輩と初めて会ったあの日、私が先輩に言ったことです。『愛』って何なのでしょうねって。」

今、目の前にいるこの子ははっきりと「初めて会った」と口にした。それが本当なら…。

「いや、まだわからないよ。あれから9年経っているけど、まだ答えは見つからない」
「そうですか。私もそれが何なのか分からず答えを探し歩く1人です。いや、1人というにはおかしいですね。正しく言うなら、1体。ですかね。」
「つまり、どういうことだ?君は…」

また一口、アップルティーを寺田さんは口に含んだ。

「私、人間ではありません。先輩方の世界にある概念を借りて名付けるとするなら、魔女。」

ファミレスの店内は話の重さとは無縁な、いかにもアイドルアイドルした曲が流れていた。
俺は意味が分からなかった。目の前のこの子が何を口にしているのか。

「だから、私には分かってしまう。私には分かってしまうんですよ先輩。先輩の過去が」
ここに来る前に俺に向けた挑戦的な目を再び俺に向ける。


「先輩が今から9年前、先輩のその手で先輩の両親を殺めたことを」




■筆者メッセージ
転載…ですか。そんなことをしたところで…といったところでしょうか。

さて、これで「一束目」終了になります。次回からはいわゆる第二章です。予告しておくと、過去編です。今回、春樹くんの過去が暴かれたということで。

次の更新は週明けかなぁと思います。それではまた。
Hika ( 2019/06/20(木) 12:31 )