一束目
第9花ーラン
目が覚めると既に太陽は中天に差し掛かろうかという頃だった。今日も今日でつまらない講義が待っている。腰のだるさを感じながら起き上がって、隣で眠る先輩を見やる。すごく幸せそうな寝顔だった。どうして先輩が、とこれまでに何度も聞こうとした。けど、俺自身にも触れられたくないことがあるように、先輩にだってきっと聞かれたくない、触れられたくないことだってあるのだろう。ただ、お互いに都合の良いこの関係が続けばいいだけだ。


「ん、おはよう春樹くん」
幸せそうな寝顔を見ながら考え事をしていると、先輩の寝ぼけた目が開いた。
「おはようございます、先輩」
「まったく、あれだけ名前を呼び捨てにしておいて終わったらこれなんだから」
朝からご機嫌斜めのようだった。なんとか先輩の機嫌を直してから先輩の家を出て一度家に戻った。


午後の中途半端な時間からの講義。逆にめんどくさい時間なのだから毎回出席しているだけで単位が出れば…などと叶いもしないことを考えながら教授の話を聞き流していた。教室を見回せば寝ているやつ、スマホを真剣に操作しているやつ、隣と話しているやつ。俺が言えたことじゃないが、結構みんな不真面目だ。

講義も終わって次の講義のために移動している途中に後ろ肩をトントンと叩かれた。振り向くとそこにはいつもの笑顔でこちらを見る小百合がいた。
「菊野君、お疲れ!」
「おう、小百合か。お疲れー」
「次、講義同じだったよね?一緒に行こ」
「別に俺はいいけど」
別に拒否する明確な理由もなかった。それにニコニコしている小百合から言われては断れない。


「それでね、教授が言うんだよ?『井上さんの意見はいつも鋭いんだから、もっと発表すればいいのに』って。私、そういうの苦手ですってあの教授に最初に言ったはずなんだけどなぁ…」
俺が何も話さなくても小百合は永遠と話題を提供し続けてくれる。俺は小百合の話に相槌を打ったり、一言二言何かを言うだけ。気づけばそうなっていた。

もうすぐ教室に着こうかというところで学部の後輩集団に出会う。そういえば必修があったことを思い出しながら、後輩たちが言う「お疲れ様でーす」に返事をしながらすれ違っていく。

「菊野先輩!!」
すれ違った集団から呼ばれた。ふと振り向くとあのランの香りのした子だった。俺の頭はフル回転を始める。なぜ俺の過去を知っているのか。そして、俺が今生きる理由としていること、『愛』とはなんなのか、をズバリ言い当てた子だ。

隣を歩いていた小百合に先に講義に行くように伝えてその子のもとへと向かった。
「今日もやっぱり光はありませんね。先輩」
「そのことはもういいよ。それより君、名前なんだっけ?」
「寺田蘭世、ですよ先輩」

■筆者メッセージ
昨日、登場人物紹介に先に寺田さんを掲載してしまうというミス…。まめにチェックしている方は分かってしまったでしょうが。

ランの香りの子、そのままに寺田さんをチョイスしてみました。

第1章も次が最後です。ではまた。
Hika ( 2019/06/18(火) 21:32 )