最終話
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「ま、ざっと話すとこんな感じかな」
「卒業してから1年半くらいか…。英晞はこのままでいいんか?」
急に真剣な顔を陸が向けてきた。
「このままでってのは?」
陸が大きなため息を吐いた。
「このまま片想い、し続けるのかってこと」
「さぁね?それは分からないよ。だって、『人の気持ちは変わってしまうもの』でしょ?僕自身、あの時はあの時で答えを出した。けど、それはあの時の答えであって、今僕に対して働きかけてくるものがないからそのままなだけかもしれない。何かが僕に働きかけてくれば変わる。人の感性はその時その時に縛られているんだ。」
陸は何かを言いかけたが結局はその開きかけた口を閉じた。
「『好き』ってなんなのか、僕にも答えは分かってないんだ。日奈子を『好き』だったころは日奈子の笑顔を見れば温かい気持ちになれたし、日奈子のことを考えればなんだか心臓の鼓動が早まっていたような気がする。あんな経験初めてだったから、あれがいわゆる『初恋』ってやつなんだろうけど、今は鼓動が早まることはないんだ。別に嫌いになったわけじゃなく、日奈子のことは『好き』だよ。」
僕は一度言葉を切った。僕は手に持っていた空の缶をくずかごへ放り投げて続けた。
「純奈も同じさ。だからあの2人といたら心は安まった。だから純奈のことも『好き』さ。けど、これって俗に言うところの友達としての『好き』だろ?じゃあ本物の、友達としてじゃない『好き』ってなんだ?彼女ができたばかりの陸に聞くことじゃないんだろうけどさ」
しばしの沈黙。陸は考え込み、僕は澄み渡った空に浮かぶバルサミックムーンを見上げた。その月はどこか頼りなく見えたし、儚げだった。
「考えても分からねぇよそんなの。一緒にいたいとか、守りたいとかそういう風に思えればいいんじゃねぇの?けど、『好き』が何かを見つけていくのが人間なんじゃねぇの?」
「きっとそれもひとつの答えなんだろうね。僕らは探求者か…。
やっぱり、人間の感情は難しいね。いつだって感情は一方通行だし、裏返しだ。だから僕は人に幻滅するんだ。そして自分に嫌悪感を抱く。悪循環さ。明けない夜だって確かにあるんだよ。」
「そうか…。」
この『初恋』から始まった僕の煉獄はいつまでも尾を引く出来事になる。そんな予感を僕は得ていた。けど、どうあがいてもそこから抜け出すことはできないとも悟っていた。未練とはまた違う、『好き』とかを感じる心をあそこで置き去りにしてきてしまった。
物事には正の引力と負の引力がある。強烈な力だ。しかも誰の悪意や作為なく負の引力に引っ張られ深淵へと人を、心を誘う。そして一度入ってしまえばそこから抜け出すことはできない。
その心を取り返しに行くことはもう既にできなかった。前に進むこともできなければ後に戻ることもできない。あとはもう、『現実』を生きる純奈や日奈子、陸をただ茫然と前進も後退もしないその場から眺めることだ。だから、僕の季節は秋で止まる。そして『好き』を疑似的に感じる。だから僕は秋が『好き』だ。
いつだって感情は一方通行で、
裏返しで。
負の引力に誘われたその先に、
明けない夜は確かに存在している。