07 偽物の存在。
「じゃあ、昔話してやるよ」
整理が追いついてない俺をよそに。
男はステージ上を周って会話を続ける。
「俺が12歳のとき、親父がうちに新しい愛人を連れて来た。相当親父が可愛がってたんだろうなって俺も察してたよ」
「俺のお袋は俺を産んですぐ家を出て行ったから、俺は母親の愛情を知らずに育った」
「だけど、新しく来たあの人は優しかった。俺に本気で叱ってくれた、逆に褒める時はよく褒めてくれた。今まで親父の愛人でそんな人はいなかったから、俺はこれが愛情なんだとようやく気がついたんだ」
「でも、いつだったっけな。親父の子を身籠った。俺の前じゃ笑ってたけど、全然嬉しそうじゃなかった。あの人は自由が欲しかったんだろうな、気づかないうちに家から去って行った」
「20年も経っちまったよ」
「もう、分かるよな?」
会場がしんと静まり返ったまま。
俺はずっと首を振ったまま。
真実が明らかになっていく。
「お前は俺と兄弟ってことだよ」
動悸が激しくなって。
俺はゆっくりと膝をついた。
目の前が少しずつ暗くなる。
「でも、相当苦労したんだよな。血が繋がってない父親の借金400万を地味に働いて返して。赤の他人で知らない妹の大学の学費を1人で払っちゃった?まぁ、心優しい家族想いのお兄様でいらっしゃいますこと!」
「親父と顔が似てないって散々言われたろ?そりゃそうだろ。赤の他人同然なんだからさ!」
「そんなのは信じない。デタラメだ」
「デタラメなんかじゃねーよ。お前がなにも知らなかったみたいだから俺が丁寧に現実ってやつを教えてあげてるんだよ」
「…俺は、堀幸平だ。あなたの言葉なんかに動揺したりなんかしない。あなたは嘘を並べてるだけだ」
言い返してるつもりだった。
俺は親父と母さんの子供なんだって。
でも想いと声は一致しない。
声がどんどん小さくなって。
消えそうなくらいにまで弱ってる。
「あぁ、イライラすんなぁ」
「俺をイライラさせんなよ。せっかくこうやって俺が金出してパーティーしてやってんだからよ」
俺の胸ぐらを掴んできた。
抵抗しようにも力が。
振り払う力さえ出ない。
「どうだ?お前の希望が偽物だったって思い知った感想は」
「お前のせいなんだよ、全部」
「お前さえいなきゃ弟と妹の両親の命も失わずに済んだのかもしれなかったんだから」
「お前はいらない存在なんだよ」
男の話なんて耳に入ってこない。
ただうなだれたまま動けない。
「幸平!」
絵梨花の声が聞こえた。
俺の側に来ると抱きしめて来た。
「大丈夫?しっかりして」
「絵梨花じゃないか。あ、榎本から話は聞いたよ。いまはこいつと付き合ってるらしいな。ま、一般人どうしある意味お似合いだよ」
「今度はなにを企んでるの」
「さあね」
「愛想つかされないように頑張って」
お嬢様が俺を立たせて支えながら出る。
力を入れたくても入らなくて。
まともに立つことすらできない。
親父と顔が似てないって。
こういうことだったんだ。
親父は隠し通すつもりだったんだ。
俺がショックを受けないように。
俺の記憶の中の光景が崩れていく。
家族の時間が一つ一つ壊れていく。
こんななら、知らない方が良かった。
尊敬してた俺の親父は。
俺とは繋がりがない赤の他人。
自分でも保とうとするけれど。
昔の残っていた記憶のカケラは。
俺の手からすり抜けて落ちていく。
なんのために生きてきたんだろう。
虚構が俺の中を埋め尽くしていく。