02 ムードメーカー。
「はー、終わった終わった」
「早く帰って寝ましょう」
その日は無事に終わったけど。
お客さんもそれなりに多くて。
クレームもなし。
「あとはオーナーのことだけだな」
みんなオーナーの心配をしてる。
怒りを隠しきれてなかったオーナーを見たのは俺自身は初めて。
そりゃ怒りたくなるのもわかる。
店が古いだのなんだの言われて。
挙句には売ってくださいなんて。
そんな都合いい話あるわけない。
いつもだったらとっくに帰ってる。
なのに、いつまでもオーナーは別室で何かを必死に書き出している。
厨房から見える小窓からそれが見える。
「声、かけづらいよな」
閉店の片付けはとっくに終わった。
でも、時間に気づいてないのかオーナーは気にせず何かを必死に書き続けている。
「何やってんだよ、お前ら」
「新田さん」
「俺がオーナーのとこ行ってあげるから、ちょっくら黙って見てなさいな」
固まってる俺たちを割って入ってきたのが新田さんだった。
うちの店でオーナーと料理長に唯一同格レベルの頼れるホールスタッフ長。
「オーナー、お疲れ様です」
ドアをノックして新田さんがオーナーの部屋に入ると少し話したあとオーナーが先に部屋から出てきた。
「この店は俺が守るから」
「だから、心配しなくていいよ」
「…ですよね、オーナー?」
「剛、俺が言おうとしたことを俺より先に言うなよ」
「オーナーと私は長い付き合いですから、いつのまにか口癖も覚えちゃいましてね」
後ろから出てきた新田さんは笑いながらオーナーと顔を合わせて笑ってる。
新田さんが重かった空気を完全に吹っ飛ばしていつもの雰囲気に戻った。
「さすが新田さん」
「この店開いた時からの人間だもん。誰よりもオーナーの近くにいた人だしなぁ」
航さんは俺の前に入ってきて。
新田さんに拾われたらしい。
行き場のなかった航さんは。
居場所を求めて店に入って働いた。
俺だって居場所が欲しかった。
誰かに必要とされたかった。
自然にここに導かれたのかな。
あの人が言ったことが確かなら。
店にいる先輩たちは、迷い続けて最後にたどり着いた場所が店だったとしたら。
オーナーと新田さんは居場所が欲しかった先輩たちに居場所を提供したのかなって。
「じゃあ、また月曜日に」
「お疲れ様、解散!」
新田さんのおかげで丸く収まって。
みんな安心して帰ってった。
でも、こんなものは。
始まりに過ぎなかった。
すぐに悪夢に変わる。
そんなことも俺は知らなかった。