19 あたしは、変わらない。
神様はどんな時でも意地悪だ。
あたしの気持ちを無視して。
あの人を振り向かせてはくれない。
仕事が終わって現れたあの人は。
疲れた表情をしていたのに。
あたしを見た瞬間、変わった。
2人きりで会ってたとき。
行きと帰りに寄るコンビニで。
いつも買ってた安いお茶。
同じ値段でもっと美味しいお茶もあるはずなのに、いつも同じのを買う。
「この味が好きなんだよ」
それから時が経つとともに。
2人で会うのもなくなっていった。
でもあたしのバッグの中は。
何度も見た薄緑のペットボトル。
あたしとあの人をつないでるもの。
「よっ、久しぶり」
「お仕事、お疲れ様です」
2人の時間がなくなっても。
月末はバイト先に来てくれた。
決まって25日にあの人は来る。
毎回1人で来てたくさん頼む。
「食べ過ぎですから」
「明日休みだから、沢山食べる」
何もない皿とグラスの中のお酒。
カウンター越しで見てるだけで。
あたしは幸せな気持ちになれる。
この幸せな時間。
ずっとずっと続いて欲しかった。
彼女がいるって分かったときは。
初めて悲しい気持ちになった。
一緒にお店に食べに来たときは。
あたしは嫌でも見たくなかった。
楽しそうに話してる2人。
あの人になれたらいいのに。
あたしは到底なれそうにない。
2人で来た日から少し経って。
今度は1人で食べに来た。
「別れちまった。へへ」
その日は食べ物は数品だけ。
それといつもと違うお酒の量。
レモンサワーを3杯飲んで梅酒のソーダ割りを4杯、濃いめのハイボールを飲んでた。
さらに普段飲まないはずの赤ワインを二杯飲んでからカウンター席に頭を突っ伏した。
右手には銀色のネックレス。
「別れたのを後悔してます?」
「…それもあるけど」
顔を少し上げてワイングラスに残ってたワインを飲み干してまた顔を伏せた。
「幸せにするって決めたくせに、最後は悲しませて。自分がクソみたいな人間なんだって思い知らされるのが苦しい。もっと傷つけずに済んだはずだったのに」
初めて見たあの人の涙。
あたしまで少し悲しくなって。
あなたには笑っていてほしい。
「サービスです」
ケーキと水をカウンター席に置く。
ゆっくりと顔を上げた幸平さんは無言で皿の上のフォークを取ってケーキを口に運ぶ。
「かっら!」
食べて数秒後に叫んでる。
ケーキにデスソースを仕込んでた。
辛さに狼狽えて水で中和してる。
「なにすんだよ!」
「少しは気持ちが晴れましたか?」
少しだけ普段な態度に戻って。
あたしは心の中でひと安心。
「なんだよ…」
「やってしまったことは、後悔しても戻ってこないんです。忘れるのは難しいかもしれないですけど、それくらい大丈夫かなって」
「あたしは、後悔することなんてどーにでもなってしまえって思うんです。だから堀さんが悪かったなんて無いんですよ」
その後にあの人が少し笑った。
「なんじゃそりゃ」
「あ、やっと笑った。それですよ」
「いや、別に笑ってねーから」
それから少しだけ、また2人で会うような時間が
出来ていった。
もうなんだかんだ5年くらい。
親しくなってからそれくらい経つ。
でも、あの人は意地悪。
あたしに応えてくれない。
ろくでなしな大人。
嘘をつくのが上手い人。
あの頃には戻れないって。
なんでそんなこと言うんですか。
いつでも戻れるのに。
あたしは昔のあの人も、今を生きてるあの人もどちらも好きだ。
「料理の仕事に関わってるなら、人が作ったのを食べて。あたしを褒めてください」
久しぶりに作ったサンドイッチ。
少し不恰好だけれど。
あたしは、もう一回だけ2人でこのサンドイッチを食べたくて仕方がない。
昔みたいに戻れないなら、また今の関係で昔みたいに少しずつ埋めていけばいいと思うのは変ですか?
食べ終わったら、感想ください。
メールでも、電話でも。
どっちでもあたしは幸せだから。