曲がり角を曲がれば。







小説トップ
第5章
15 もう、元には戻れない。
「幸平、もう上がっていいよ」


「あ、ありがとうございます」


何組かのお客さんの会計をした後に、新田さんから声をかけられる。やっと今日が終わった。
今日は全体的に濃い一日だった。


「幸平、ラストまで俺と変われよ」


「俺は帰って寝ますから」


「あの綺麗な人と一緒に住んでるなんてずりーよな。1日でいいからマジ変われ」


「航さんも彼女作ればいいっすよ」


「お前と違ってモテねーの」


上がるためのチェックリストをまとめながら航さんと会話を続ける。
航さんはコンビニで買ったであろうハーブ風味のサラダチキンをかじりながらスマホでなにかの動画を見ている。


「お前の知り合いは?」


「1時間くらい前に帰りました」


「料理提供した時、何話してたんだよ。お前が話しかけた時、すげーニコニコしてたんだけど。おまえはずりーよな」


「別に何ともない会話ですよ」


「ま、お疲れ。早く帰れ」


ロッカールームに向かってスマホの電源をオンにすると数件の通知がある。
それを適当に返しながら着替える。


もうこの仕事も2年と半年くらい。
最初はなんか居づらかった空気感がたまらないくらいに嫌だった。
まあ、慣れたから別にいいけど。


『仕事、今終わったけど』


『お店の近くにある公園に来て欲しいです。 ベンチに座って待ってます』


荷物をまとめてロッカーを閉める。
明日が土曜だから、明日なんとか頑張れば日曜日はすぐそこまで来ている。


「お疲れっす。お先です」


店の裏口から出て、指定された近くの公園までゆっくり歩き始める。お嬢様にはあとで迎えに行きますってメールしといた。


数分歩けばすぐに着く。
ベンチには飛鳥が座ってた。
俺の姿を見ると勢いよく立ち上がる。


「お疲れ様です」


「ん、ありがと」


飛鳥が飲み物を渡してくる。
いつも俺が飲む緑茶。
愛知からこっちにきた時からずっと飲んでる他とは少し安いお茶。
他とは味は変わらないけど、安いからなんとなくずっと買ってたのを飛鳥は覚えてた。


「仕事、大変ですか?」


「大変だけど楽しいからな」


「楽しそうな職場で働けるってなんだか凄い羨ましくて。あたしも卒業してこんなとこで働けたら良いなぁって」


「飛鳥ならどこでも大丈夫だよ」


他愛もない会話をしながらペットボトルの蓋を開けてお茶を飲む。
仕事終わりだからいつもより美味い。


「あの、今日はありがとうございました。料理、すごく美味しかったです」


「今日のメニューは俺が作ったわけじゃないし。でも、サンキューな。先輩たちにもちゃんと伝えとく」


そう感じてるなら良かった。
でも、なんだろう。
今日の飛鳥は普段と何かが違う。


「それと、今日は…」


「ん?」


「この前のことで、少し」


この前のこと。
たぶん、帰省してたあの日のこと。
俺から話すことは何もない。


「あの、やっぱりあたし」


「ごめん」


飛鳥の声を遮って言葉が出る。
自分で考えてるよりも先に。


「飛鳥には応えられない」


「どうして、ですか」


理由なんてわかってる。
俺にはお嬢様がいるから。
だから、応えられないんだ。


「飛鳥を傷つけたくないから」


理由ともう一つの本音。
悲しそうな飛鳥を見たくない。
俺にとって別の大切な存在だから。
傷つけたくないだけなんだ。


「あたしは、どんなことがあったとしても幸平さんと一緒にいたいんです。沢山傷つけられても、あたしはずっと幸平さんの隣であなたの笑った顔が…」


「もう止めよう。俺、明日も仕事なんだ。飛鳥もバイトとかあるんだから。今日はもう帰ってはやく休め」


「幸平さん最近なにも話してくれないから。いま、何考えてるのかあたしわかんないです」


「飛鳥だって聞いてこないだろ」


「聞けるわけないじゃないですか!」


静かな夜に響く飛鳥の声。
悲しみが混じった声は響いて消える。


「なんでも話せとか、聞いてこないとか口では簡単に言うのに」


「何も話しかけてくるな、とか何も聞くなって幸平さんがそういう空気出してるからっ…」


「だからっ、あたしは幸平さんに嫌われたくなくてこの気持ちを話せなかった!ずっと1人で悩んでたのに…」


「もう、俺たちは元には戻れない」


傷つけたくないはずなのに。
言葉は反対に刺々しくなる。
飛鳥は涙を一滴、地面に落とす。


「あたし、帰ります」


俺を押しのけて飛鳥は去った。
その勢いで手に持っていたお茶が離れて地面に落ちて地面に流れていく。
なーにやってんだろ、俺。
結局、傷つけるだけ傷つけて。
また1人、失ってしまった。


俺に失うものなんてない。
両親を失ってからそう思ってた。
でも、俺の周りにはいつのまにか。
店の人達、真司と未央奈がいて。
飛鳥がいて、お嬢様がいて。


失いたくないものばかり残った。
傷つけたくないばかり考えた。


なのに、俺は無意識に傷つけて。
悲しませてしまった。


つくつぐ、自分が嫌になる。
もっと他になかったのかなって。


いつか言った言葉が口から出る。


「バカだよ」


悲しいくらいに繰り返している。


「俺は本当のバカだ」


■筆者メッセージ
毎日、好きって。
その人に逢いたいと思って。
いつもお互いが思って。
それが毎日続けば何もいらない。


最近読んだ漫画の中のことばです。


感想お待ちしております。
ガブリュー ( 2018/09/19(水) 00:55 )