曲がり角を曲がれば。







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第5章
14 リスタートできない気持ち。
「ハンバーグブレッドとパスタ。あとは単品ドリンクでアイスコーヒーとオレンジジュースでお願いします」


「うぃー」


自分の気持ちをリスタートして今日の仕事に臨んだはずだったのに。
飛鳥が来て動揺してるからなのか。
なんだか変な感じ。
来るなら来るって言えよ。


「あれ、サラダは?」


「元々からオーダーにないっすよ」


「お前、推せよ。店員だろ、ホールスタッフだろ。俺に仕事をくれよ」


「んなこたぁ言ったって」


「てか、あの席のあの子」


航さんが飛鳥を指差す。
飛鳥の表情はいつもより元気がない。


「お前の知り合いなんだろ?そういや、夏の休暇中に店に忘れ物取り来たんだけどお前のこと聞いて来たから、そうじゃねーかなって思ったんだけどさ」


「ただの高校の後輩っすよ」


「はいはい、そう言うんだったらお前の言うことを信じとくよ。これ、ドリンク」


「ありがとうございます」


伝票に印をつけて提供に向かう。賑やかになった店内はお客さんの笑い声と楽しそうな会話が店の雰囲気をより明るいものにする。


「お待たせしました」


「わー。ありがとうございます」


ドリンクを目の前に置く。
飛鳥はさっきから下を向いたまま。
せっかく来たなら顔上げんかい。


「飛鳥」


「今回だけ、ドリンクは俺がサービスすっからさ。ほら、せっかくうちの店に来たんだから楽しめって」


「だってよー。飛鳥ちゃん」


飛鳥がゆっくりと顔を上げる。
この前会った時みたいに慣れない化粧をしててまた新しい服を買って。
そんなに背伸びしなくたって。
飛鳥は飛鳥のままが一番いいのに。


「今日、早上がりなんですよね?」


「え?なんで知ってんだよ」


「あの、話したいことがあって。あたし、お店の近くで待ってます」


「用ならメールか、電話して…」


「すいませーん。店員さーん」


他のテーブルのお客さんからの声で会話の途中で飛鳥のいるテーブル席から反射的に離れてしまった。
また後で聞くからいいか。


「すみません。お待たせしました」


「おすすめのデザートとかあります?」


「自家製プディングと梨のシャーベットが今日のおすすめでございます」


「じゃあ、それをひとつずつ」


「かしこまりました」


厨房まで戻って伝票に追加分を書き足してまた厨房へと伝える。
準備してる間にまた料理が上がる。


「これ、6番テーブルさんな」


「了解っす。ありがとうございます」


6番テーブルは飛鳥のいる場所。
さっきとは違って、顔を上げて一緒に来てるもう1人の人と何か会話してる。


それでいいんだよ。
しょげてる飛鳥なんてらしくない。
笑ってる飛鳥の方が合ってる。


「お待たせしました」


「わっ、来たよ。飛鳥ちゃん」


「海鮮パスタですね」


飛鳥の前にパスタを置く。
少しだけ表情も明るくなる。


「こちらがハンバーグのブレッドセットでございます。お待たせいたしました」


「あ、ありがとうございまーす」


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


「あの、幸平さん」


背後を向いた瞬間。
飛鳥から呼び止められる。


「連絡、待ってますから」


「…分かったよ」


それだけ答えて席から離れる。


今日はなんの日なんだろう。
俺、なんか悪いことしたかな。
何にも身に覚えはないのに。


他人が母さんに見えて。
涙がこぼれそうになって。
そしていまも気まずいままの飛鳥がうちに食べに来たり。


いろんなことが重なりすぎて。
動揺してる自分が抑えられない。


今日は帰ったら早く寝よう。
このままだとどうにかなりそうで。
自分が怖くて仕方ない。


嫌いじゃないものが。
いつのまにか嫌いになりそうで。
母さんのことも、飛鳥のことも。


一旦、何もかも忘れたい。
こんな時にお嬢様に会いたい。


俺のことを包み込んでくれる。
優しいお嬢様に。


お嬢様は今日もバイトらしい。
俺と同じくらいに上がるって聞いてる。
だから、終わったらバイト先まで迎えに行こうかなんて考える。


お互いに今日あったことを話して。
笑いながら電車に乗って。
またあの部屋に帰る。


そんな当たり前のことが。
ずっと続けばいいと思ってる。
金がなくたって。
昔の夢が諦めきれなくたって。


そばにいたい人といるだけで。
それだけで、俺は幸せなんだ。

■筆者メッセージ
罪を償うということ。
言葉は簡単で、実際は難しくて。

沢山の過ちをしてきました。
彼女を守れなかったこと。
1人で抱え込んで生きてたこと。
沢山の人を傷つけたこと。
幸せになれないと決めつけたり。


自分が生きてるわけ。それは歳を取って死ぬまでそれが続いて、罪悪感に苛まれたまま人としての一生を終えるんだろうと考えてました。


でも、彼女は。
そんな自分を責めることなく。


幸せになって欲しいと。
そう願ってた。


あの日から、少しずつ前を向けるようになって。
他人のために生きるようになりたい。
そう考えるようになりました。


彼女以外の誰かと笑って、その人と彼女がいる空を眺めたい。
そして、いつか彼女のことを話して受け入れてくれるような人と。
彼女の墓の前で幸せになったと彼女に報告できたらな、と思います。


感想お待ちしております。
ガブリュー ( 2018/09/11(火) 02:31 )