曲がり角を曲がれば。







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第5章
11 仕事モード。
「お前、まかないの飯食べた?」


「今日はなんか食欲なくて」


「お前が食わないなんて珍しいな」


航さんと会話しながら6時からの休憩上がりのために準備を進める。
あの後、お嬢様に来てもらって預けてた子供は母親の元へと返した。母親はその後、俺たちに何度も頭を下げて去っていった。



「お前、今日ホールな」


「え、なんでよりによって」


「今日の気まぐれサラダの担当、俺」


気まぐれサラダ担当だったのかよ。
なら、仕方ないな。
ホールの仕事が一番大変なんだよなぁ。


「あー、わかりました」


「ほい、今日の予約リスト」


予約リストは、その日の予約を入れてるお客さんの名前の一覧と人数が記されている。
今日は予約が6組、少ない方だ。
あとは今日のおすすめメニュー。
雲丹たっぷりの濃厚海鮮パスタ、熊本県産赤牛を使用したハンバーグ、ミネストローネ、そして航さん担当の気まぐれサラダ。


「ま、今日を乗り切るしかないな」


「航さんの気まぐれサラダ、変な意味でお客さんから評判あるんすから」


「今日は鰹と鮪の赤身のせでいくわ」


そういう会話してる矢先、6時のディナータイムが始まる。ラストオーダーは10時まで。
今日の俺自身のシフトは9時上がり。


「いらっしゃいませ!」


ホールに入ると自然にスイッチが入る。
働いて2年すぎたけど、ここの従業員のおかげで楽しく働いている気がする。


「予約してた道倉です」


「道倉様ですね、お待ちしておりました。こちらのテーブルのお席へどうぞ」


通常ホールは3人から四人で担当していて、今回は俺の他に新田さんともう一人入ることになっている。他の2人が他に来たお客さんの接客を行なっている。


「これ美味しそうだよ」


「おすすめのこれにしようか」


お客さんの嬉しそうな声。
これを聞くと、どこか安心する。
笑顔でメニューを選んでる時が、俺にとって仕事で一番幸せな瞬間なのかもしれない。


「赤牛のハンバーグのライスセットと海鮮パスタ。あと、今日の気まぐれサラダ2つ」


「かしこまりました」


「この料理に合うお酒ってあります?」


「今日のメニューでしたら、イタリアワインをおすすめしております。渋みが控えめで飲み易いものとなっております」


「じゃあ、それください」


「かしこまりました」


一旦、厨房まで戻る。
メニューの伝票を壁に貼り付ける。


「ハンバーグライスとパスタ。あと気まぐれサラダを2つお願いします」


「うぃー。了解!」


揃った声が厨房から聞こえる。
次にご来店されるお客さんを迎えるためにまた入り口まで向かう。


「いらっしゃいま…」


お客さんと目が合った瞬間、いつもしてるはずの動きが止まってしまう。
それは何を隠そう、飛鳥だったから。


「どうも、こんばんは」


「お、おう。来てくれたんだな」


き、気まずい。
数週間以来だけど気まずすぎる。
なんでこんな不穏な空気が流れるんだ。


「あ、すいませーん。2人で予約してた齋藤なんですけどー」


「あっ、はい!お待ちしておりました。では、こちらのお席へどうぞ」


飛鳥の後ろにいたやけに大人びたもう1人の女性のおかげで不穏な空気は一瞬晴れた。
そういう意味ではほんとに助かった。


いかんいかん。
こんなんで動揺しちゃダメだ。
飛鳥の顔を見てフラッシュバックが。
飛鳥の家でのあの出来事が。


「だって、だって…あたしはっ、幸平さんのことが好きで好きで仕方ないから!」


なにも言えなかったあの時の自分。
飛鳥はこんな俺をどう思ってるんだろう。
意気地なしとでも思ってるのかな。


「わー。ねぇ、これすごくない?すいません、店員さん。このパスタってなにが入ってるんですか?」


「こちらは青森県の平内町産の雲丹とその日の朝に採れた新鮮な海老とあさりをクリームパスタでいただけるようになっております」


とりあえず、俺は俺の仕事をやる。
今できるのはそれだけだから。



■筆者メッセージ
彼女のお父さんが訪ねて来ました。
その手には古いノートが3冊。


「あの子の日記なんだ。いなくなる8月15日まで全部書いてある。読むか読まないかは君の自由でいいから」


綺麗な字で名前の書いてるノート。
ゆっくりと開くと始まったのは小学5年生の5月からでした。


読み進めてるとうちでやったバーベキューや川で水浴びに行った時のことなどが書かれてました。
あの時を思い出して笑みがこぼれたり。そんなことあったな、なんて懐かしい気持ちになったり。


彼女のお母さんが入院した時や退院して帰って来た時の喜びなどが日記を見ると文体に映ってて少し悲しくなったり喜んだりしてる自分がいました。


そして、彼女のお母さんが亡くなった日。
それはどんな日記よりも伝わってくる一番信頼していた母親を失った悲しみ、寂しさ、辛さ。


『お母さんがいない世界なんて、意味なんてない。家族みんなで桜を見に行くことだってもうできないのに』


2冊目まて読み終わった時、3冊目を開くのが急に怖くなってしまいました。
3冊目は死の直前に書いた日記が存在している事実があるからそれを受け入れたくない自分がどこかに存在している気がして。


でも、いい加減受け入れないと。
もう7年も過ぎたんだから。
彼女のこともちゃんと受け入れるべき。


たとえそれがどんな理由であっても。
覚悟決めて3冊目を読みたいと思います。


感想お待ちしております。
ガブリュー ( 2018/08/24(金) 01:06 )