曲がり角を曲がれば。







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第5章
05 距離。
「二軒目、行きたいです」


店の飲み放題が終わる20分前。
飛鳥が突然言い始めた。


「もう夜も結構遅いんだし」


「まだ帰りたくなんてないです」


「いっぱい飲んだろ。ほら、帰るぞ」


「幸平さんが二軒目行くって言わないまで、あたしは絶対動きませんから」


飛鳥のわがままモード発動。
このモードになると毎度大変だ。


「あー、もう。分かったから」


「行ったらすぐ帰るからな」


テーブルを見つめていた飛鳥の顔が上がる。
その表情はさっき会った時みたいにぱあっと嬉しそうだ。


「やったーー。あたしの勝ち」


前もこんなことあったような。
そうだ、あれは俺の誕生日の頃だ。
こいつにケーキ食べさせたんだ。


「おしゃれなバーに行きたいです」


アバウトすぎる。
だいたいのバーはおしゃれだよ。
もっと具体的なのが欲しかった。


「わーったよ。外出とけ」


会計を済ませて、店を出る。
人が少し多い夏の夜は、夏の暑さと人の多さが重なって少しムッと感じる。
飛鳥の方を見るとお酒を飲んでいるからかこの暑さのせいなのか少し頬が赤かった。


「あ、ガチャガチャ」


飛鳥が走って行った先は100円ガチャ。
何かを真剣に見ている。


「飛鳥はほんとそれ好きだよな」


「可愛いじゃないですか」


飛鳥のスマホについてるキーホルダー。
それと同じゆるキャラのガチャガチャ。
飛鳥は躊躇なく100円を入れる。
A〜Gタイプとシークレットが2種類。


「Cタイプが欲しいんです」


「Cタイプだぁ?」


飛鳥か引いたのはBタイプ。
どうやら長期戦になりそうな予感。
俺もやってみることにした。


「これ、どんだけあんだよ」
回し始めて20回目を突破。
先にシークレットの一体が出てきた。
Cタイプが当たる気配がしない。
英世を両替するのも面倒になってきた。


「これでラストな」
なんじゃ、この光景。
23歳男性、夜にガチャガチャの前で粘る。
職質されても文句言えないレベル。
田舎の駄菓子屋さんか何かかな。


最後の景品が出てきた。
開けた瞬間にそれを確信した。


「飛鳥、Cタイプ!Cタイプ出た!」


「ほんとですか?」


トライして24回目。
ついに追い求めてたものが出てきた。
同時にガチャガチャも空に。


「わぁ、ありがとうございます」


受け取った飛鳥は嬉しそうに笑う。
やっぱり、飛鳥の笑顔は何かが違う。
お嬢様の笑顔が一番だけど。
飛鳥の笑顔はそれに負けないくらい。
とても綺麗なものだと思う。


「全部やるよ」


「いいんですか?」


「俺が持ってても仕様がないわ」


バッグいっぱいに入ったガチャガチャ。
飛鳥はそれでも嬉しそうだ。


数年前に話しかけてきて。
馴れ馴れしいとは思いながらもどこか居心地が良かった飛鳥との距離。
高校卒業しても、偶然再会して。
2人でいろんな場所に足を運んだ。


飛鳥のことも好きだ。
でも、それはお嬢様のとは少し違う。
あくまで友達、後輩として。
可愛い妹みたいな存在だ。


飛鳥の笑った顔が好きだ。
拗ねてる時の顔が好きだ。
怒ってる時の仕草が好きだ。


どこか、守ってやりたいって思う。

■筆者メッセージ
彼女はひまわりが好きでした。
夏生まれで、毎年夏には彼女の家にひまわりがたくさん咲いてました。


「生まれ変わったお母さんがひまわりになって見てくれてるから」


彼女のお母さんが好きな花。
生まれつき、身体が弱くて。
いつも笑ってる綺麗な人でした。


「悪性リンパ腫」
診断は、血液のガンでした。


「大丈夫。すぐ退院するから」


そう言ってた彼女も日に日に弱っていく母親を見るのが辛かったんだろうなと思います。
いつも病室では笑って、出た時に涙を流して自分を責めてました。


もっと早く気付けば良かった、治らないなら治らないって言ってよ、と。


実際は血液の赤血球がゼロに等しい状態にあり、いつ病態が悪化してもおかしくないと言われてました。


入院して二週間。
深夜に容体が急変しました。
何時間も頑張りましたが、そのまま亡くなってしまいました。


僕自身、かなりショックでした。
でも、それよりも辛いのは彼女の方だった。
1週間、部屋から出ませんでした。


彼女のお母さんは手紙を一つ残してました。それは亡くなる前に書き残した最後の言葉。


「私が好きだったひまわりになって、家族をずっと見守ってるからね」


綺麗で強くて優しかったお母さん。
亡くなられて10年が経ちました。
彼女と二人で笑ってたら、僕はそれだけで満足です。
ガブリュー ( 2018/06/27(水) 00:35 )