曲がり角を曲がれば。







小説トップ
第5章
03 ふたりきりで。
いつもはしない化粧をして、会うためだけに買ったパステルカラーのワンピースを着て10分以上前から待ち合わせ場所にいる。


「あなたが好きです」ってそれだけ。
それだけ言えば終わるゲーム。


帰省して2日後。
ふたりで飲みに行くことになった。
別に飲みに行くのは嫌いじゃない。
あたしもあの人もお酒は飲めないけど。
沢山は飲めないけど飲むのは好き。


「飲みたいときは飲むんだよ」


なーんて言ってた。
高校の時と何にも変わってない。


「飛鳥」


久しぶりに聞いた声。
それだけで胸が高鳴るのが分かる。


「久しぶり」


「あの、その…お久しぶり、です」


夏になると好きな人に会いたくなる。
それはあたしも同じ。
あたしが好きな人は、ドラマや小説に出てくるようなタイプのひとじゃない。
本が好きで、誰かの笑顔のために生きてて、誰よりも優しくて強いひと。


「ふたりで飲みなんて久々だよな」


「なかなか忙しいですもんね」


「だから、今日は一杯飲もうぜ」


「もちろんです」


ああ、どうしてなんだろう。
こんなに近くにいるのに。
なんで「好き」が言えないんだろう。
勇気さえ持てば出来るはずなのに。
あたしにはできない。


「らっしゃーせー」


「電話で予約してた堀です」


店に着いて中に通される。
個室のある居酒屋さんだった。


「あー、あっつ。クーラー最高」


席に座るとメニューを見始める。
あたしもドリンクが記載されてるメニューを見てみる。
カクテルしか飲めないから、飲めるものは相当限られてくるけれど。


「安定のそれかよ」


「これが一番美味しいんです」


「ま、いいけど。乾杯すっか」


グラス同士を合わせて乾杯をする。
ふたりで飲むのは一年振りくらい。
カラフルな色をしたお酒があたしの喉に流れてグラスから減っていく。


「幸平さん、飲むの早すぎです」


「あれ、俺のこと名前で呼んでたっけ?苗字で呼んでた記憶しかないけど」


「べ、別にいいじゃないですか!あたしのこと名前で呼んでるからあたしだって名前で呼んだっていいじゃないですか」


「分かったよ。ごめんごめん」


これで本人公認になった。
これからはこの呼び方でいいや。


いま以上にもっと近づきたい。

■筆者メッセージ
月命日には毎回墓参りしてました。
学校が遅かったとしても、バイトが忙しいときも墓まで行って必ずお参りしてました。

彼女のお父さんは優しい人です。
僕のことを自分の実の息子さんのようにしてくれてます。
奥さんも早くに亡くして辛いはずなのに、男手一人で彼女を育てていたお父さんを僕は男として尊敬してます。
お酒もタバコも全くしなくて、弱音や愚痴なんて吐かない強い人です。

先月、久しぶりに話しました。


「君があの子のことをずっと思ってくれてるのは僕としてもとても嬉しい。でも、もうあの子は現実の世界には存在していない」


「だから、君はあの子以外の誰かと幸せになったっていいんじゃないのかい?それはあの子も僕も望んでいることだ」


「命日もクリスマスも来てくれるのはあの子も喜んでるよ。でも、もういいんじゃないのかい。6年も過ぎたからこそ、君も僕もあの子のことは忘れて前に進むべきなんだ。」


彼女はずっと生きてます。
僕の記憶から消えない限り。
でも、いつかは消えてしまうもの。


忘れるなんて僕にはできません。
いまも彼女と一緒に前に進んでます。
でも、六年前から時間は止まって。
動き出すことはありません。


お父さんの言う通りでもあります。
だけど、従うことはできません。


彼女を想い続けてます。
それが僕が彼女を死なせてしまったという罪を背負ってこれからも生きていくために。


ずっと、彼女のことが好きです。
それは変わりません。
ガブリュー ( 2018/06/02(土) 02:03 )