02 そんな勇気もないくせに。
「…という訳でして」
「ふーん。大変だね」
仕事が休みの杏奈に久しぶりにヘルプを求めることにした。お嬢様のことについては大まかなことを話してる。最初は全然と言っていいほど信じてくれなかったけど。
「お店の人たちが隠し子って言うくらいだからみんなが知らない若妻とやっちゃって子供できたのかぐらい思ってたわ」
「そんなわけないでしょーが」
「前に付き合ってた人は年上でしょ」
「あれは付き合った後に知ったの。元々は年齢が同じくらいが理想的なんだけどな」
「あれ?1年くらい前に私に言ってたじゃん。同じ高校に通ってたひとつ年下後輩ちゃんが気になるって。ほら、去年くらいに一回ばったり会ったとき。可愛い感じのあの子はどうなったの」
「わー!しぃー!でかい声出すな」
お嬢様はお風呂に入ってる。
この場にいなくて本当に良かった。
「それは、その…昔の話だから」
「ふーん、昔の話。ねぇ」
「中途半端が一番傷つけるんだよ」
「…分かってるよ」
「じゃあ、どうして言わないの」
「あいつを傷つけたくない」
飛鳥には俺がお嬢様と付き合ってることはまだ言えてない。飛鳥が俺にお嬢様のことを聞いてくることもなかった。
でも、あいつはきっと。
ずっと俺のことを待ってるんだろう。
変に期待させるつもりもない。
俺にとって大事な後輩だから。
悲しませたくなんてない。
「傷つけたくないって…そんなの分かり切ってることじゃない。いい?誰も傷つかないことなんてないの。今日も誰かが笑って他の誰かが傷ついてる。それが生きてる中であるのが当たり前なの。昔の後輩に付き合ってることをサラッと言う勇気もないくせになにが傷つけたくない、よ」
「そんな中途半端な偽善行為、やってもタチ悪いだけだから。じゃ、帰る」
杏奈はそのまま帰ってった。
言いたくないことくらいあるだろ。
俺は飛鳥の悲しそうな表情を見たくないだけなんだ。
あの時を思い出すと胸が潰されそうになって、自分のことがますます嫌いになる。
自分で自分を殴りたくなる。
苦しくて自分でも嫌になる。
それを繰り返したくないだけだ。
なのに、なんで分かってくれない。
「どうしたの、そんな顔して」
「あ…別に。何も」
お嬢様は今の俺が好きなんだろうか。
それさえも不安になってくる。
好きな人と一緒になれる。
必ずしも幸せとは限らない。
些細なことで喧嘩だってするかも。
飛鳥よりも大事にしたい。
それがお嬢様なんだ。
少しでもなにかを間違えたら静かに消えてしまいそうなお嬢様。
そんなお嬢様を守りたいんだ。
「明日、お休みだからこの子の面倒は私が見るから。あなたは仕事に集中して」
なんでお嬢様はこんなに優しいんだ。
普通だったら慣れないこんなこと引き受けるはずもないのに。
「お母さんが戻ってくるといいね」
「そ、そうっすよね。お、俺も」
「今のはこの子に話したことなの」
や、やべえ。
お嬢様に素っ気ない態度取られた。
俺のポジション取られそう。
新入りにポジション奪われるなんて俺は絶対嫌だからね。