19 もう少しだけ。
そんでもって帰省最後の日。
お嬢様は先に帰らせておいた。
家族の時間が欲しい、と俺が頼んで先に帰ってもらっておいた。
真司も駅まで送りに来てくれた。
またしばらくは帰れないことを伝える。
「身体だけには気をつけるんだよ」
「俺は健康優良児だし、大丈夫」
「意味わかって使ってんのかい?」
「いや、よくはわからん」
未央奈は目を合わそうとしてくれない。
まだ溝は埋められなかったか。
兄としてまだ何もわかっちゃいない。
「未央奈」
やっと俺と目を合わせた。
俺はゆっくりと近づいた。
「就職、おめでとう」
前々から渡そうと思ってて渡しそびれてたものを未央奈の手に握らせる。
「なにこれ?」
「俺の手作りだよ。お守り。これさえあれば絶対大丈夫だから!」
ちんちくりんだけど。
針が何回指にささったことか。
マジ痛ってぇんだけど。
「じゃあ、もう行くわ」
電車に乗り込もうと背を向けた。
「ねぇ!」
未央奈が大きな声で呼び止める。
ゆっくり振り返る。
「…あの人のこと、幸せにしてあげなきゃあたしがあんたのこと殴りに行くから」
「言われなくても分かってるよ」
電車に乗り込む。
まもなくして出発した。
窓から見える砂浜と海。
次に帰るのはいつなんだろう。
ホントは帰りたい。
でも、まだ帰れない。
未央奈言われた通り、俺はお嬢様をほんとに幸せにできてるんだろうか。
でたらめなものじゃなくて、ほんとに幸せにしてあげなきゃダメだ。
8月ももうすぐ終わる。
休みが終われば仕事に戻る。
電車から見える景色を目に焼き付けて。
次はいつ帰れるか、分からないけど。
俺は俺のやり方でもう少しだけ歯を食いしばって東京で暮らそうかなって。
情けない長兄だってわかってる。
だからこそ、俺は自分のすべきことから逃げないように毎日生きてく。
生きていれば、いい事がある。
自分が思い描いた、その先へ。