18 夢と現実の狭間で。
「じゃあ、結局いまは東京暮らしって訳なんだ。あいつらはなんか言ってた?」
「彼女いる俺に対して全員が敵意むき出しにして袋にされたよ」
「ははっ、相変わらずアホだな」
「助けて、クールキャラ康一さん」
「流石にキツいよ。アイツらは」
帰ってきたクールキャラ。
クール担当、榊原康一。
神奈川の大学に進学して、教員免許を取るための勉強を頑張っている。7月に教員採用試験に挑戦して、二次試験の結果待ちだとか。
「お前、高校卒業してから俺たちにもなにも言わないで勝手に消えやがって。自殺するんじゃないかとかあいつらと心配してたよ。でも、いまは東京でコックの見習いか。面白いじゃん」
「じゃあこういう感じの料理作ってお客さんにも提供するんだ?」
テーブルの上のシーフードグラタンを指さす。まぁね、と答えてグラスに入ってる酒を飲む。
「んで、彼女と同棲中ってわけか」
「大げさすぎだっつーの」
「いつもお前には負けてたもんな。飛鳥ちゃんも美彩先輩も。俺じゃなくてお前。俺が好きだった伊藤さんもお前ばっかり」
「別にそんなんじゃないし」
「いいや、ないね。俺たちの中でもお前だけは違ったんだ。運命ってのは意地悪だ」
「結局、俺はお前には勝てない」
高校の時、陸上部でずば抜けてた康一は大学にスポーツ推薦で入学した。
ハードルが速くて、運動場からハードルの練習をしている康一を見ていた。
大学1年生の夏に突然の足に痛み。
陸上を続けるのは難しいだろう、医師からと判断された。失意のうちに陸上部を辞め、大学だけ卒業した。
小学校の教師になりたい。そんなことを言い出したのは大学2年の秋の日。何がきっかけかはわからないが、康一に合ってたと思う。
「ピアノ弾けなかったけど、ピアノを習い始めてから少しずつ弾けるくらいにまで成長してさ。いろいろ勉強も大変だけど、夢のために頑張らなきゃなって」
夢だなんてとっくに捨てた。
小説家になりたかった夢は、完全に捨てたと思い込んでいた。でも、やっぱり心のどこかで諦めきれてない自分がいた。
仕事が楽しいから忘れていたことが、今頃になって蘇ってきやがった。
「なぁ、康一」
「ん?」
「今の仕事を辞めてまで、とっくの昔に諦めた夢を追いかけることってどう思う?」
康一の表情が変わった。
腕を組んで唸っていると、伏せていた目をまっすぐにして俺を見た。
「自分の気持ちに嘘ついたってさ、後悔するだけなんじゃね?俺だって陸上を辞めてあっという間にダメ人間になっちまった。ダメ人間になった俺だからこそ、上手くできない子供たちの気持ちがわかると思うんだ。そんな子供たちと一緒に成長したい。だから俺はいま目指してる夢を諦めたくはないね」
陸上を辞めてから康一は強くなった。
更に大きくなって強い意志を持ってる強いヤツになってしまっていた。
今の俺は、康一には絶対勝てない。
「ま、俺なりの考えだからさ。お前もお前で今の仕事を頑張れよ。いつかアイツらとお前の店に食いに行くから。あ、やべ。新幹線に間に合わねぇや。じゃあな」
テーブルに5000円札を置いて、康一は帰っていった。
いまの仕事を辞めるつもりは無い。でも、仮に仕事を辞めたとしてもすぐに小説家になれやしない。
小説を投稿し続けて、ずっと落選したり。
出版社に持っていっても、読んでもらえるかも正直わからない。
いつか自信がなくなった時は、夢を諦めて生活のためにまた働かなきゃいけなくなる。
気づきたくない。才能のなさに。
いろんなことを考えてるとスマホに着信が入った。お嬢様からだ。
「どうしたんすか」
「早く帰ってきてよ」
「すぐ帰りやす」
電話が切れた。
お嬢様は、料理を作る俺を好きになったんだったっけ。俺が包丁とフライパンを握らずに鉛筆しか握らなくなった俺をいつまでも好きでいてくれるのかな。
「…夢は諦めきれねぇよ」
夢に対して臆病な自分が存在していて、それがいつまでも邪魔をしていた。