13 兄と妹。
静岡の日帰り旅行から翌日。
飛鳥からメールが来た。
『明後日にあたしも帰省します』
ただそれだけのメール。
とりあえず返信しといた。
『時間がある時に飯でも連れてってやるから、暇な時教えろよ』
ただ大事な後輩だから。
俺はそれを大切にしたいだけ。
やましい気持ちなんてない。
「いつ戻るの?」
「来週の金曜日には戻ろうかと」
いつまでもこっちにはいられない。
東京にも帰って、まだしなきゃいけないことが沢山ある。
ここにいる時間はあと7日間。
「今日は何するの?」
「今日は、夕方くらいから動き始めますわ。まだまだ暑いんで」
「何するの?」
「両親の墓に行こうかな、と」
家を出て坂を登った場所にある墓。
そこに親父と母さんは眠ってる。
「私も行っていい?」
「いいっすよ」
後半は高校の同級生と会う予定。
そしてまたしばらくは東京暮らし。
「あ、この本面白そう」
俺の部屋の小説を手に取る。
高校の頃に読んでたぼろぼろの本。
「曲がり角を曲がれば?」
「あ、懐かしい本っすね。高校の頃ずっと読んでたお気に入りっすよ」
「どんなストーリーなの?」
「恋愛小説っすね。変わってますよ」
小説のあらすじをざっと教えよう。
世の中には昔と変わらず貧困時代、1日を必死に食いつなぐだけでも必死な主人公。
それとは正反対のお金持ちのヒロイン。
一週間限定の仕事。主人公は高収入に惹かれてヒロインの運転手の仕事の面接へ。
奇跡的に採用された主人公、いつも見慣れた世界に飽きていたヒロインは貧しいながらも楽しく過ごす主人公に惹かれていく。
…とまぁ、こんな感じかな。
こんな感じの小説だったかな。
「なんだか面白そうね」
「面白いんで読んでみてください。俺は出掛けてくるんで」
さっさと予定終わって帰ってこよう。
とりあえず、線香とかろうそくとか。
必要なものの買い物を済ませよう。
部屋を出たら、未央奈と目が合う。
会社のパンフレットが机の上に山ほど乗ってチェックされている。
「就活、頑張ってんな」
「あんたには関係ないでしょ」
「大事な家族だから心配してんだよ」
「何回もいろんな企業から落とされてるあたしの気持ちがあんたなんかに分かってもらいたくない」
「俺は大学行ってないから正直就活がどんくらいしんどくて辛いのかはわかんねーけどよ、俺だって東京に行って最初の頃は毎日苦しくて大変だったよ。でも、負けたくなかったし親父と母さんのおかげで俺は折れかけても何回も立ち直れたんだ」
「あの人たちが私たちに何したっていうの?私たちを置いて勝手に二人で死んだだけじゃない」
「親父は俺たちに人として生きることの大切さを教えてくれた。母さんはどんなことにも負けない強さが必要だって教えてくれた。親父と母さんは俺たちのことをいつも考えてくれてた。俺たちを幸せにしてくれたのに、簡単にそんなことを言うのは止めてくれ」
「うるさい!あんたなんかにあたしの何がわかるのよ。世の中なんてあんたみたいに優しいだけじゃやっていけないのよ。両親がいなくてずっと寂しかったのに、死んじゃったから甘えたくても甘えられなかったあたしの辛さなんてあんたにわかってもらいたくない!」
未央奈は泣きじゃくりながら、リビングから外に走って出て行ってしまった。
机が揺れた衝撃で、資料とクリアファイルがいくつか床に落ちる。いくつかを拾い上げると、見覚えのあるものが。
「…俺が出した手紙」
三通送っていた手紙。
捨ててなんてなかった、未央奈はちゃんと大切にとっておいてくれてたのだ。
「未央奈」
急いで後を追いかけた。
夏の終わりを刻々と告げるツクツクボウシの鳴き声がより聞こえだした夏の日。