曲がり角を曲がれば。







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第2章
07 幸せになってください。
その日の仕事終わり。
店を出た俺の目の前にいた。


「久しぶりね」


「お久しぶりです」


明かりに照らされた白い肌。
控えめな微笑み。


「こんな夜遅くに出歩いちゃっても大丈夫なんすか?旦那さん怒りますよ」


「いいのよ。どうせ今は海外出張に行ってるもの。心配する必要もないし」


「そういえば人妻でしたね。もう結婚式とかしたんですか?」


「人妻って言わないで。あなたね、まだ式も挙げてないのよ」


お嬢様と話すとなんだか楽しい。
嫌なことがあってもすぐ忘れる。
自然に笑みがこぼれる。


「なに笑ってるのよ」


「い、いや別に。何でもないです」


「変なひと。つくつぐそう思うわ。あなたってほんとに変よね」


「いやいや。俺は至って普通です」


「どうだか。分からないわよ」


話が一旦落ち着いた。
急に黙り込んだお嬢様。


「もう、あなたに会うこともないだろうから最後に会いに来たのよ。私が見た中で一番変わった料理人だったあなたに。変わってるけどあなたの腕は確かだったわね」


「ありがとうございます」


「8月の結婚式には呼ぶから。バリ島で挙げるから来れたら来て料理ぐらい作ってよね」


「分かりました。バリ島の渡航費用はちゃんと貯めときますよ」


「はいはい。じゃあもう行くわよ」


お嬢様がくるりと方向を変える。
そのままゆっくりと歩いていく。


なんで俺は動かないんだ。
最後に気持ちぐらい伝えろよ。
なんで何もしようとしないんだよ。


「あ、あの!お嬢様」


お嬢様はゆっくりと立ち止まる。
振り向いてじっと俺を見る。


「・・・幸せになってください」


お嬢様はクスクス笑う。
手で口元を抑えながら微笑んだ。


「あなたも。もし縁があったらまたいつかどこかで会えるといいわね」


そのままお嬢様は歩いていった。
結局最後まで言えなかった。
俺は臆病のままだったんだ。


お嬢様は遠くに行ってしまった。
もう二度と俺の前に現れない。


お嬢様に対しての最後の言葉は俺にとっては半ば本心でもある。
夢のような時間はもうおしまい。
それは分かりきったこと。


もしも願うことならもう1度。
ほんの一瞬だけだけで構わない。


お嬢様の笑った顔がもう一回見たい。


叶うことのない俺の儚い願い。

■筆者メッセージ
Mさん
まだストックがいくつかあるので更新には余裕を持っているつもりです。
お気遣いありがとうございます。
これからも頑張らせていただきます。

感想お待ちしております。
ガブリュー ( 2016/05/04(水) 23:11 )