曲がり角を曲がれば。







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第1章
01 見習いコックとお嬢様。
「出前、終わったぁぁ」


おかもちを持ったまま背伸び。
あったかいからつい眠くなる。


「あぁ、お金と時間が欲しい」


ほとんど働き詰めで限界間近。
給料日まであと10日。
財布の中には1000円札が2枚。


店に来るまで色んなことがあった。
口では言えないことも沢山。


まだまだ借金は減らない。
弟も福岡に出稼ぎに行ってる。


まかないじゃ足りない。
それぐらい腹が減って仕方ない。


しばらく財布とにらめっこ。
今日の晩メシは何にしよう。


「晩メシ、晩メシ…」


2枚の1000円札をびらびらさせながら歩いていく。ラーメン、ハンバーグ、天ぷらそば、回転寿司。想像が膨らむほど腹も減る。


「あぁー、決められない」


1度財布にしまって、ため息をつく。
故郷を出て東京にやってきて2年。


弟がたまに送ってくる額も合わせるとなんとか借金は綺麗に片付く。400万円、惜しいとは思うけどこれも生活のため。


そんな矢先、俺の目の前にまさに『お嬢様』という言葉どうりの人が通った。


お嬢様はいいよな。
なんにも苦労なんてしてないし。
親の金だから自由に使える。
遊び感覚で何でもできる。


バッグから財布が落ちる。
黒の長財布。マジな金持ちだ。


「あ、あの」


声をかけるとゆっくり振り向く。
綺麗な人だ、まさに『お嬢様』。



「なに?」


「あ、いま財布を目の前で落としていかれたので。どうぞ」


「あら、そう。ありがとう」


受け取る時に手が触れた。
白くて綺麗な細い指。


「わざわざありがとう。これはお礼」


目の前には10000円札が5枚。俺にとっては給料日とたまにやる競馬でしか見ない貴重なもの。


でも、金は受け取れない。
金をもらうほどの事はしてないし。


「いえ、お金は大丈夫です。お金をもらうほどの事はしてないですし」


「いらないの?ならいいわ」


財布にしまった。
あぁ、少しだけ勿体ないことしたな。


「あなた、仕事は?」


「出前の帰り道です。飲食店で見習いコックとして働いてますんで」


「そう。じゃあ、ごきげんよう」


なんだいまの。
『お嬢様』っていうお嬢様。


諭吉が目の前に5人いた。
すぐに消えてった。


諭吉さん、あんたはモテてる。
昔がどうかは知らないけど。
確実に若い女性にモテてっから。


「俺には英世しかいねーか」


英世でも、必要不可欠。
今の俺には一番必要な人。


ポケットのスマホが震える。
うわ、着信だ。


「おい、幸平!ちんたらしてないでさっさと帰ってこい。次の出前の電話来てんだよ」


やっぱりテメーか。
クソ野郎、絶対見返してやる。


「はい、すみません。すぐ戻ります」


今にもスマホをぶん投げたい。
誰か松下優樹をぶん殴って。


俺のクソ先輩を殴ってください。
責任は、多分俺が取るから。


「今日の晩メシより仕事が優先!」


自分に言い聞かせてダッシュで戻る。
おかもちと二人三脚。


チャリぐらい欲しいな。
どうせなら料理長に頼んでみるか。


ま、たぶん無理だけどね。

ガブリュー ( 2016/03/10(木) 23:59 )