03 花火大会、一緒に行きましょう。
「実家って、神奈川だったんすね」
「そうよ。近くて良かったね」
東京からも近い神奈川県。その神奈川県の県庁所在地である横浜市がまりやの故郷。
海が近く、人も多いこの土地をまりやは忘れたことは無かった。友達も家族もいて東京で年下の恋人を親に紹介。
「やっぱ、横浜もいいとこっすね。なんか東京よりも落ち着きます。あ、あれすごいっすね。赤レンガでしたっけ?」
雅史が指さした方向には大正時代に作られた赤レンガの倉庫。今は横浜赤レンガパークと名前を変えて多くの人で賑わっている。
「それよりさ、松岡」
「なんすか?」
「李奈ちゃん、結婚するんだってね。松岡の親友の翔伍くんと。うちに結婚式の招待状が来たからさ」
李奈は翔伍と2年の交際を経て結婚。秋に富山で結婚式をする予定らしい。雅史にも招待状は来ていた。返事もまだしていない。
「あいつらはちゃんと幸せになって欲しいです。俺よりも翔伍の方が何百倍も面白いし、優しいし、何でもできますもん」
海を見ながら、雅史はベンチに腰掛ける。まりやも雅史の隣にそっと座る。
「俺、ずっと考えてたんです。翔伍から付き合い始めたって連絡もらった時。少しだけあいつのことを妬ましく思っちゃったんです。俺と李奈が付き合ってたときはあいつはこんな気持ちだったんだなって。だから、翔伍には今の俺みたいな風になって欲しくないから、李奈を幸せにしてもらいたいです。もし出来てなかったらあいつを富山にまでぶん殴りに行きますよ」
「松岡はやっぱり優しいんだね。普通はそんな状況だったら素直におめでとうも言えないのに、松岡は本当に幸せになって欲しいって思ってるからそんなふうに言えるって。アタシも松岡みたいな人になりたいなぁ…なんてね」
まりやが笑う。李奈や咲良よりも大人の女性で雅史よりも年上のまりやだからこそ他にはない魅力がある。改めてずっと一緒にいたいと心から思える。
「いよいよ結婚っすね。俺はまりやさんと一緒にいられるだけで俺は幸せですよ」
「嘘ばっかり。今、目の前通った女の子を目線で追ってたよ」
「いっ、いやいやいや!違います」
「うわ、図星だ。アタシという人がいながら早速浮気。松岡ってそんな人だったんだ」
「違いますって、まりやさん。俺は浮気なんてしません。だって俺にはまりやさんがいますから。浮気する理由もありませんし」
「じゃあ今年も富山の花火大会、一緒に行こうよ。いや、それじゃ甘いな。来年も再来年も10年後も一緒に花火を見ようよ」
「いいっすよ。いくらでも連れていきますよ。俺もまりやさんと一緒に富山で花火が見たいです。まりやさんじゃなきゃ、駄目っす」
まりやが顔を伏せる。その顔は一気に朱に染まっていくのが雅史からも分かった。顔をのぞき込むとばっと顔を上げて歩き始めた。
「ちょっ、待ってくださいよ」
「うるさい、バカ」
「バカって言わないでくださいって。花火大会、一緒に行きたくないんすか」
「行きたい」
「じゃあ、バカって言わないでください。そろそろ俺のことを名前で読んでください」
「…分かった。雅史」
最後の方ははっきりと聞こえなかったが、初めて雅史を名前で呼んでくれた。結婚するにしては小さな1歩かもしれないが、雅史は嬉しかった。
「なら帰りますか。東京に」
雅史がまりやの手を繋いでギュッと握る。まりやもそれに応えるようににぎり返す。
「好きです、まりやさん」
「アタシもだよ、雅史」
今度ははっきりと呼んでくれた。顔を見合わせて笑うと、気持ちが晴れた。こうやって結婚して、いつかは子供が出来て自然に幸せになるんだろう。
夏の終わりが近づく8月の中旬。ずっと一緒にいたいという気持ちが同じになったまりやと雅史は、小さく、少しずつその1歩を踏み出して歩いていった。