遠恋









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第4章
08 帰ってからは。
帰りの車。まりやさんの顔を直視することが出来なかった。そうしようとしても、あの時のまりやさんの気持ちに俺が確実に応える。そうすることはたぶん出来ないからだ。


夜9時を回る頃に東京に帰ってきた。解散した後、今日のメンバーはそれぞれ帰っていった。翔伍に先に家に帰ってもらい、俺は近くの公園でずっと1人で音楽を聴いていた。


高校時代、よく聴いていたJ-POPの男女グループの曲。『夏恋』という曲は何度も何度も繰り返して聴き続けた。夏が来る度に、何度もこの曲を聴いて李奈への思いは募っていくばかりだった。今の俺は、そのチャンスをもう二度と手に入りさえしない。


左側のイヤホンが外れる。自分から外したのではなく、誰かから外されたような感じだった。振り返ると、帰ったはずのまりやさんがビニール袋を持って立っていた。


「何やってんの?松岡」


「あ、いえ。あの…」


「なにテンパってんのよ。アタシが後ろにいたぐらいで動揺して。バカ」


「後ろにいたら誰だってびっくりしますって。バカ言わんないでくださいよ」


「うるさい、バカ」


まりやさんは頬が微かに朱に染めている。少し酔っているからかやたらとボディタッチをしてくる。肩や頭ならまだしも、今回は脇腹や胸板辺りといった部分ばかり。


「ねー、松岡。うちで飲まない?1人で飲むのも寂しいしさ」


「明日っからまた月曜っすよ。絶対仕事に支障が出ますよ。今日はとことん食べて飲んだんですから大人しく帰ってくだ…」


言い終わる前に、今日みたいに俺の手を引くまりやさん。あの時みたいに、ちょっとだけ痛くて強い引き方。


まりやさん。
あの時のキスはなんだったんですか。


俺が好きなんですか。
どうなんですか、教えてください。


俺は好きな人がいるんです。
応えることは出来ません。


口から出かけた言葉が喉に引っかかって、目の前で消えていく。言えなかった。


まりやさんに腕を掴まれたまま、まりやさんの家まで連れていかれた。

ガブリュー ( 2015/12/29(火) 00:02 )