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それは2学期が始まって、すぐのことだった。
日向坂高校では夏季休暇が終了してすぐに、学期初めのテストが行われていた。
そのためテスト期間中は部活動もお休みとなっており、女子バスケットボール部に入部している渡邉美穂と剣道部の丹生明里、帰宅部の金村美玖の三人がともに下校していた。
「えっ、美穂、夏休みの間に会ってあげなかったの!?」
友人の友人に紹介されたという野田高の生徒と会う予定だったのをすっぽかしてしまったという渡邉の言動に、丹生がクリっとした大きな目を見開かせて驚いていた。
「だって会う理由、私には無いし」
「いや〜、でもせっかくの出会いのチャンスだったんだよ〜?もったいなくない?」
相変わらず丹生は浮いた話が三度の食事よりも大好物のようで、ついさっきまでテストが難しいと落ち込んでいたのがウソだったかのように、ハキハキとした口調で会話を進めていた。
それとは対照的に渡邉はそのような浮ついた話は全く興味がなく、バスケ一筋の青春生活を過ごしていたため、友人がどうしてこんなにも前のめりになってまでこの話を広げようとするのかが理解できなかった。
そんな二人の一歩後ろを、金村がぼんやりと浮かない表情のまま歩いていた。
渡邉ははしゃぎ続ける丹生に呆れながら答えた。
「そんなに羨ましがるんだったら、丹生ちゃんが会ってみたら?」
「私が会ったって意味が無いじゃん!向こうは美穂に会いたがってるんだから」
「意味分かんない、どうして私にそんなに会いたがるのよ」
「それは〜、ねぇ〜?うふふっ、美穂も鈍感なんだなぁ〜。ねぇ〜、金村〜?」
ご機嫌な丹生の問いかけにも金村は反応に遅れ、話す準備が出来ていなかったのか、声帯を司る筋肉がおかしな働きをしていた。
「んぁっ?えっ。あっ、ごめん。なんの話?」
「だからぁ〜、人の事にはグイグイ突っ込んで来れるのに、自分のことになったら美穂は鈍感だってこと!」
「あっ、ああ…。そうだね、へへっ…」
彼女がここ数日、上の空になっているのは、見ていればすぐにわかるほど容易なものだった。
唯一気づいていなかったのは、今も能天気な丹生明里だけである。
渡邉は先行く足を止め、金村の方を向いた。
「美玖、大丈夫?」
「何が…?」
「なんか辛いことでもあった?」
渡邉の言葉に金村は全てを見透かされてしまっているような気分に陥ったが、それを悟られないように笑顔を取り繕った。
「大丈夫だよ。平気、平気」
「それなら、いいんだけど…」
「ね〜、なんの話〜?私、着いていけないんだけど!」
「"鈍感"な丹生ちゃんには理解ができない話だよ」
皮肉を込めてそう言うと、案の定、丹生はひどくないかと突っかかってきた。
それをいつものように軽くあしらっていると、道ゆく向こう側から一台の黒いバンが止まり、その中から複数人の男たちが降りてこちらに向かって歩いてきた。
この辺では全く見かけないようなスタジャンやダボダボのGパンを身に纏い、ジャラジャラとネックレスやアクセサリーがぶつかる音を男たちは騒がしく鳴らしていた。
「あれぇ、お嬢ちゃんたち、もしかして日向坂高校の生徒?」
真正面から歩いてきていたため、3人は警戒をしながら道の脇を歩いていたが、出くわす寸前で向こうから呼び止められてしまった。
「そうですけど、何か御用ですか?」
「いやぁ、俺たち、この地域に初めて来たんだけどさぁ、目的地がわかんなくなっちゃって。よかったらお嬢ちゃんたちに案内してもらえないかなってぇ」
「スマホのアプリで調べたらすぐに出てくると思いますけど」
鼻につく語尾を伸ばして喋るスタジャンを着た男の口調に対して、渡邉は強気に淡々と会話を閉ざすように答えた。
しかし相手はそんな事に全く怯んでいる様子はなく、むしろ肩に腕を回され強引に引き寄せられていた。
「そぉんな冷たいこと言わないでさぁ、道案内ぐらいしてくれよぉ。『困ってる人がいたら、助けてあげましょう』って学校の先生に教わらなかったぁ?」
「ちょっと離してください!警察呼びますよ!」
渡邉だけではなく丹生や金村も、他の男たちに捕まってしまっている。
抵抗虚しく、先ほど男たちが降りてきたバンに無理矢理乗り込まされそうになったとき、渡邉の肩を抱いていたスタジャンの男の背中にドンと衝撃が走った。
その衝撃に男の手が緩み、渡邉はすぐに離れると、足元にバスケットボールが転がってきたのが分かった。
「何すんだ、テメエ、ゴラ!」
スタジャンの男がさっきまでのナヨナヨとした話し方が嘘のように、ドスの効いた声で、ボールが飛んできた方に向かうと、そこに立っていた一人の青年が彼らとは全く異なる方に体を向け、自分の方に手招きをしていた。
「おまわりさん!こっちです、こっち!誘拐現場が起きています!」
青年が手招くと、曲がり角から自転車に乗った警官が一人現れ、渡邉たちの状況を確認した。
「こら!お前たち、何をやってるんだ!」
「やべぇ、マッポだ!逃げんぞ!」
スタジャンの男の言葉に金村と丹生を抱いていた男たちも、その手を離して、急いでバンに乗り込んだ。
警官は走り行く大型バンを自転車で追いかけるも、到底追いつけるはずもなく、途中で立ち止まり、肩についた無線で何やら応援を頼んでいる様子だった。