第一章『恐竜が好きな女の子』
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 8時19分、昨日よりも早く篠田は駅に来ていた。弁当と財布以外には何も入ってないことが多い彼のリュックの中には、踏み潰された昨日の姿とは、まるで異なるほど綺麗なトリケラトプスのぬいぐるみが入っていた。

 あれから帰ってきてすぐに母親にぬいぐるみの洗い方を尋ねた。

 間も無く高校3年の学年にもなろうとしている息子の口から出るとは思いもしなかった言葉に、母親は目を丸くしていたが、理由を深追いをしてくることはなく、浴槽の桶を使って手洗いをするんだと教えてくれた。

 傍で母親に教えてもらいながら、懇切丁寧に洗ったトリケラトプスは、最初に見た時よりも色鮮やかになり、心なしかふわふわ感も増しているように感じた。

 階段を降り、駅のホームにたどり着くと、彼はいつものように先頭車両の乗り口まで向かった。

 いつものようにヘッドホンをつけ、電車を待つ。いつもと変わらぬ風景。ただ違うのはいつもより早い朝と、いつものリュックの重さが少しだけ重く感じただけだった。

 電車がホームに到着し、湧水のように人が溢れ出ていく。それが収まるのを待ってから先頭列車に乗り込むと、彼は少し足早に"特等席"へと向かった。

 リュックを少し前に出し、ファスナーを開けて、いつでも中の物を取り出す用意は出来ていた。

 だがほんの2、3歩でたどり着いたその場所に彼女の姿はどこにも無かった。

 その事を視覚よりも遅れて脳が認識をすると、彼はファスナーをそっと閉め、いつもの場所に納まった。

黒瀬リュウ ( 2021/10/02(土) 23:10 )