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金髪の男は音が嫌いだった。騒がしい街の喧騒が彼の鼓膜の奥をキンと突いてくる。
駅のホームに立つ制服姿の彼はヘッドホンを耳に当て、静かに自分の世界に入っていった。最新のヘッドホンのノイズキャンセリング機能により、耳の奥を突いてきていた嫌な音は、少し柔らかく感じるようになった。
ラッシュ時の山手線ほど、人で溢れている瞬間はない。片道20分以上の車内の時間を、いかに居心地良く過ごせるか。乗り込む瞬間は場所取りの醜い争いが生まれる。ある者は真っ先に座席に座りスマホを横にして動画を見始め、またある者は一つの吊革を両手で掴みながらうとうととしている者がいる。
彼はいつも先頭車両の自動ドアの付近に立ち、ヘッドホンで騒音を遮りながら、高速に過ぎ去っていく街並みをぼんやりと見ていることが多かった。
8:21、普段は乗らない少し早い時間帯の電車に乗り込んだ。特に理由があったわけではない。なんとなく早い時間に目が覚めて、特にすることもなかったので、いつもより早めに家を出た。彼にとっては、ただそれだけだった。
だが見慣れているはずの駅の雰囲気が、時間帯が少し違うだけで、全く違う異世界のように感じた。それでも彼は先頭車両へ乗り込み、いつもの定位置に着こうとした。しかし先に先客が立っていたのだ。
自分と同じくらいか、あるいはそれより年下っぽい制服姿の女の子が、彼の定位置に立っていた。
特等席を取られた気がして少しムッとしながら、男は彼女の向かい側に立った。いつものようにヘッドホンを付けたまま、窓の外眺めていたが、ふと正面の彼女の方に目を向けた。
目の前の少女も彼と同じように窓の外を眺めながら、奇麗な黒髪と共に電車に揺れていた。
真っ白なセーラー服に水色のラインが襟元から伸びており、赤色のスカーフがきれいにリボン結びされている。制服とほぼ同系色ではと思うほど真っ白な腕が水色の学生鞄を大事そうに包み込んでおり、その持ち手部分の付け根には何やらぬいぐるみのようなキーホルダーが付けられてあった。
そのぬいぐるみの正体は、なんとなく見覚えがあった。子供のころに学校の図書室に籠り、夢中になって読み込んだ恐竜の図鑑に書かれてあったトリケラトプスという恐竜のぬいぐるみであった。
女の子なのに、恐竜を鞄につけるだなんて珍しいな。そう思いながら、再び窓の外に目を向けた。
ぼんやりと窓の外を見ていると、突然目の前にいた少女がガサゴソと動き、鞄の持ち手を腕に通すと乗車口の前に立った。
「次は、田町。田町」
彼女がそこに立った瞬間、電車内にアナウンスが鳴り響いた。それに続くようにぞろぞろと車内にいた人間が彼女を囲い込むように並び立つ。
ドアが開いた瞬間、押し出されるように人々が出ていく。彼はそれを何とかよけるように、電車の隅に立ちながら、立ち去っていく人々を見ていた。発車ベルが鳴り響き、ドアがゆっくりと閉まり切った。
ホームの向こう側に少女の姿はとっくに無かったが、車内のドアのそばに、ボロボロに踏まれた跡が残ったトリケラトプスのぬいぐるみが落ちていた。
きっと人ごみに押し流された際に、鞄から外れ落ちてしまったのだろう。彼はそれを手に取り、手で汚れを払った。