第一章
01
 ロッカールームに入った彼女は、自分のロッカーを見つけると、鍵を開け、その戸を開いた。中の制服をハンガーごと取り出し、着ていたブラウスのボタンを外すと、制服の袖に腕を通した。
 着替えが済んだ彼女はロッカーのドアを閉めようとしたとき、扉につけられている小さな鏡に映る自分の顔が目に入った。疲れているのか、目の下には隈があり、髪型もぼさぼさで、顔もやつれ切っている。
 毎朝目にするこんな自分が、彼女は嫌で仕方がなかった。
 村山彩希ははぁと一息ため息をつくと、ロッカーのドアを閉め、制服の裾をピシッと伸ばした。

 千葉の小さな地方銀行に就職をした彼女は、一般職として主に事務を担当していた。
 お客様と向き合って対応をする窓口事務とは異なり、基本的には後方で申請書類に不備がないかを確認し、それらを端末に入力するのが、彼女の主な仕事だった。

 引くたびに軋む音がするローラー付きの小さな椅子に腰をかけ、眼鏡をかけた彼女は、今日も淡々と自身に与えられた仕事をこなし続けていた。
 朝八時から夕方の六時までの間、決められた時間の間でその日の仕事を終えなくてはならない。近年の働き方改革に伴い、彼女が働く銀行でも、残業は厳しく禁止されていた。

 17:00、なんとか本日中に業務を終えることが出来そうだと、安堵の表情を浮かべていると、窓口事務員の小林が彼女に声をかけてきた。

「ごめん、村山さん。それ終わったら、この仕事お願いできないかな?」

 そう言って小林は彼女の机の上にドンと大きめのファイルを二、三冊ほど乗せてきた。彼女は驚いて小林を見上げると、小林は悪びれているのか、下唇をかみながら、両手を合わせて、目を窄めていた。

「さっき副支店長に押し付けられちゃってさぁ。ちょっと残ってもいいんだけど、私、今日どうしても行かなきゃいけない"用事"があって。村山さん、代わりにやってもらえると助かるんだけど…」

 今朝から彼女の周りに漂うツンとした香りは、彼女が気合を入れるときの香水だと女性行員の間では有名な話であった。
 恐らく"用事"というのは、合コンのことであろう。それも相手はIT企業の社長や、エンジニア系の仕事だろう。
 彼女は常日頃から玉の輿になりたいと、周りにこぼしていたことを、このときになって思い出した。

「あぁ、いいですよ…。でしたらそこの…」
「ありがとう、ホント助かる!村山さん、今度お礼するね!」

 彼女の返事を最後まで聞くことなく、小林はそそくさとその場を離れていった。
 突如として机の上に現れた膨大な資料を前に、彩希は小さくため息をつくと、すぐに作業に取り掛かった。
 途中、スマホにメッセージの着信が入ったが、彼女はほんの数行だけ返事を打ち込むと、再び端末への入力を続けた。

■筆者メッセージ
メインヒロインは近年の推しメンの、ゆいりーちゃん。
黒瀬リュウ ( 2020/10/12(月) 19:00 )