第六章:夢追人
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 その日、NEW SHIPに訪れていた竜三はマスターに呼び出された。

「えっ、三日分も・・・?」
「買い溜めしとかなきゃ、明日からお盆だよ?」

 そう言ってマスターの林田は千二百円を彼に手渡した。客の元から戻ってきた榛香がそんな彼に受けてきた注文を言った。

「マスター、バナナジュースとサンドウィッチ」
「はいよ。今のうちに、傷まないもの買っとかなくちゃさ」

 ほぼ毎日夏休みのような怠惰な生活を過ごしていた竜三は、世間はお盆休みなのかと、今になって実感していた。

「お盆はここも閉めるん?」
「私はいるけど、榛ちゃんが田舎に帰るからね。店は閉めとくつもり」
「へぇ・・・、榛ちゃん、クニどこなん?」

竜三が尋ねると、榛香は少し恥ずかしそうにしながら、炭坑節の一節を歌った。

「へえ、福岡か。着いてこかな」
「あはっ、親がビックリするわ」
「いや、ホンマの話。ご両親にもお会いしたいし」

 竜三がNEW SHIPに毎日通っていた本当の理由はこれだった。彼は一目会ったときから、榛香にベタ惚れしていた。いつも元気な笑顔で、そして何より仕事もなく、ただただぼんやりと過ごしていた日々に、彼女の優しさが染み入るように、彼の心を潤していた。
 そんな彼女の傍に永遠にいたい。その想いを胸に、竜三は作品を終わらせて彼女に愛の告白をと考えていたが、実家に帰ると聞いて、先手を打ち、一刻も早く作品を完成させねばと自分に圧を掛けようと、そう考えていた。

「ダメよ、お見合いするんだもん、私」

 しかし彼の想いは、笑顔で答えた彼女のたった一言で一気に崩れ落ちた。

「えっ・・・」
「あっ・・・、んふっ・・・。先月ね、写真を送ってきてね。結構・・・、気に入ってるのね。んふふっ・・・」

 照れ臭そうにはにかむ彼女の笑顔はなんとも可憐で、そして竜三にとっては皮肉にも残酷な笑顔に見えた。

「そうなんや、結婚するんや」
「まあ、そろそろ親も安心させたいし」
「親孝行やな、榛ちゃんは」
「そう?」

 おめでとうとだけ伝え、竜三はカウンターテーブルに置かれた三日分の食費を眺めた。
 店の奥でマスターがコーヒー豆を挽いている音が、彼の体全身に響き渡るように聞こえてきた。

■筆者メッセージ
さてさて、いよいよ開票日が近いですね。
どうなることやら。

作品に関するご意見やご感想、その他等々のコメント、お待ちしております。
黒瀬リュウ ( 2017/06/14(水) 21:02 )