38話 美月と公志
「ごめんねー。お待たせ」



 公志は伝票整理を終えて顔を上げた。



「ううん、大変だね。事務もやらなきゃいけないんだ?」

「そうだね。夜はバーテン、昼間はサラリーマンだからね」

「えぇ!?」



 美月は驚いて目を丸くした。



「って言っても、健人の事務所の仕事だけど。何か飲む?」

「ううん。もういい」

「そっか。じゃ、閉めちゃうね?」



 公志はパチンとカウンターの電気を消し、カウンターから出た。

 美月の背中に手を添え、ドアを開けた。



「先に出てて? ボックス席も消してくるから」

「うん」



 公志は全ての電気を消し、ドアの前に敷かれたマットを中に入れて鍵を閉める。施錠を確認し、振り返って微笑んだ。



「美月ちゃんは明日も仕事?」

「ううん。日曜日はお店、休みなんだ」

「そっか。折角だし、どこか飲みに行く?」

「え・・・いいの?」

「もちろん」



 柔らかく微笑んで歩き出した公志を美月は慌てて後を追った。

 エレベーターに乗り込むと公志は少し考えてスマホを取り出した。

 どこかに連絡を入れたようで、通話を切って微笑む。



「美月ちゃんはマスターの店、行ったことある?」

「マスター?」

「健人と俺の師匠」

「ないよ。でも美波達も行ってるんじゃないの?」

「そう思って聞いたら来てないってさ。やられたねー」



 公志は小さく笑う。

 何のことかよくわからず、美月は首を傾げた。








 公志に連れられ、一軒のバーに入った。カウンターには初老の男性が柔らかな笑みを浮かべて迎える。



「久しぶりだな、公志」

「ご無沙汰してます。マスター。こちら、美波ちゃんの友達の美月ちゃん」

「随分と可愛い子を連れているな」

「そうですね。美月ちゃん、おいで?」



 公志に呼ばれ、美月はなぜかものすごく緊張しながらカウンターに向かって歩いた。



「はじめまして。マスターの河村です」

「はじめまして、美月です」

「"OZ"の子はレベルが高いね」

「やっぱりわかります?」



 マスターは公志に向かって微笑む。



「健人から連絡ありました?」

「ないよ。美波ちゃんと一緒なんだろ?」

「はい。あいつ、意外と策士なんなもんで」

「そうか。・・・なるほどね」



 マスターはちらりと美月を見て微笑む。

 さっきから意味がわからない美月は促されるままスツールに腰掛けた。


「なんだ? 公志まで可愛い子連れてんのかよ」


 奥からやって来た別の従業員が
公志に話しかけた。


「そう言う伊吹さんこそ、二人目産まれるんでしょ? いいパパしてるじゃないですか。ね、マスター?」


 公志に話をふられたマスターは小さく笑うと美月に向き合った。


「さて、何にしましょう?」


 飲み物を聞かれても答えられないので、公志に任せ、美月はぐるりと店内を見渡す。

 健人の店よりもゆったりとしたスペースだが他に客はいないようだ。

 BGMのジャズが心地よい。






こんなステキな場所があったなんて知らなかった




 美波もそうだが、美月もまた静かな店が好きだった。

 欲を言えば、会話を楽しむよりゆっくりとアルコールを楽しみたいタイプで、美月はすぐにここが気に入った。



「どうぞ」



 差し出されたカクテルを一口飲み、思わず笑みが零れる。



「おいしい」

「それはよかった」



 穏やかな笑みを浮かべるマスターはどことなく公志の笑みと似ているように感じた。


 何となくそれに気づいたことが嬉しく感じて美月は微笑んだ。



「美月ちゃん、お酒強い方?」

「うーん・・・どうだろ? 美波よりは弱いと思う」

「美波ちゃん、かわいい顔してザルだもんねぇ?」

「そうなの。あの子が酔ってるところなんて見たことないもん」

「俺も1年ほどの付き合いだけど、見たことないな」

「でしょ。でも、仙道さんもお酒強そう」

「タケもザルだよ。尊敬するほどにね」

「公志くんは?」

「俺? どうだろ? 酔うほど飲まないからなぁ。・・・試してみる?」

「やめとく。なんか勝てそうにないし」



 笑う美月に公志は優しく目を細める。

 一瞬ドキンとして目を逸らす。


 美波ほどではないが、美月も何度も男の汚い部分を見てきた。




まさかそんな自分がこんな風になるなんて思ってもみなかった

しかも大事な友人の恋人の店の従業員を・・・



 そして、気付いてしまった。

 話している間、その人物の名前が出るたびに公志が見せる儚げな笑顔に。

 幸せそうにも、辛そうにも見える。




多分、公志くんは・・・





 美月は小さくため息を吐き、怪訝な顔をする公志に微笑む。




このまま気付かなかったことにしてあげよう


きっと、彼もそれを望んでいる






鶉親方 ( 2018/12/01(土) 00:09 )