17話 忙しない夜
「美波さん。今夜、空いてますか?」



 店の女の子に声をかけられ、美波は振り返った。



「・・・空いてるけど、アフターは付き合わないよ?」

「やだな。アフターなんか行きませんよ」



 二つ下の麗乃はにこりと微笑む。



「私の彼氏、今メンパブで働いてるんですよぉ。たまにお店の子連れておいでって言われてて」



 美波はこっそり苦笑いする。

 自分の彼女に営業をかける男がいるのかと不思議に思う。

 そういえば健人にも公志にもそんなことを言われたことはなかったなと思い、小さく笑う。


 きっとメンパブとバーでは世界が違うのだと一人納得する。



「いいけど・・・私、メンパブって行ったことないのよね」

「えぇ!? そうなんですか? 意外です。もしかして、ホストクラブ系が好きなんですか?」

「全然。静かに飲みたいからね」

「えぇーそうなんですかぁ。でも今日はちょっとだけ、行きません? メンパブデビューってことで」

「うーん・・・あ、美月はどうする?」

「私に振る? えぇー、なんか面倒だな」

「そんなこと言わないで美月さんも行きましょうよ!」



 麗乃に押し切られるような形で、結局美波と美月は麗乃の彼氏が働いているというメンパブに行くことになった。





「いらっしゃいませー!」



 店に入るなり、シャツのボタンを不必要なまでに開けた男が3人を出迎えた。



「ケンくん、カズキいるー?」

「いるよー。麗乃ちゃんのことずっと待ってたよ」

「そう?」



 麗乃が嬉しそうに微笑むとケンという男が席に案内した。

 お絞りを手渡しながら飲み物を聞かれる。



「どうしますか? 私はボトル入れてるんですけど一緒に飲みます?」



 麗乃に聞かれ、美波はメニュー表を眺めた。

 なんとなく健人の店以外のカクテルを飲んでみたくなり、カクテルの欄を見るが、あまり種類はないようで、しばらく考えて口を開いた。



「私、カクテルもらおうかな。ジン・トニックちょうだい」

「じゃ、私はビールにしよう」



 美月はメニューも見ずに答え、シガレットケースを取り出した。タバコを咥えるとすかさずケンがライターを差し出す。

 紫煙を燻らせ、美月がちょっと笑った。



「麗乃ちゃんの彼氏ってどの人?」

「あっちの席に座ってるブルーのシャツの人です。かっこいいでしょ」

「んー、私は好みじゃないかな」

「えぇー? じゃあ美月さんはどんな人がタイプなんですか?」

「残念だけど、ここにはいないわね」

「美波さんは?」

「ごめん。私も遠慮しておく」



 美波が苦笑いすると麗乃は納得いかない顔で頬を膨らませた。

 しばらくして麗乃の彼氏だという男が飲み物を持って席にやってきた。



「はじめましてー。カズキです。"OZ"の美波さんと美月さんですよね? すげー。No.1とNo.2のショット初めて見ました」



 そう言いながらカズキは名刺を差し出す。

 美波も美月も安易に名刺を交換することはしないため、ただそれを受け取るに留まる。

 カズキはたぶん交換するものだと思っていたのだろう。

 二人が名刺ケースを取り出すのを待っているようだ。

 美月が苦笑いしながら告げる。



「ごめんなさい。私たち、自分のお店以外で名刺は出さないの」

「あ、そうなんすか。了解でーす」



 カズキはにこりと笑顔を見せ、飲み物をコースターに乗せた。



「ご馳走になってもいいっすか?」

「どうぞ」



 ちょっと待っててくださいね、と言い残し、カズキはカウンターに行き、ビールを持ってきた。



「では。"OZ"のキレイどころに乾杯ー」



 何だそれという音頭に苦笑いを浮かべながらグラスを少し持ち上げた。

 一気に飲み干したカズキは、もう一杯いいっすか、と再びビールを注いできた。

 美波はぼんやりと、こっちの世界も大変そうだなと彼を見ながらカクテルを口に運ぶ。

 全然違う味に少し驚いた。

 作り手によってこんなに味が違うものなんだと変に感心する。

 ちびちび飲んでいる間も、カズキは必死とすら思えるトークを繰り広げていた。

 相槌を挟みながら、美波はこっそりため息をつく。

 気を使って飲むのは性に合わないのだと痛感する。

 美月も同じことを思っていたのか、完全な愛想笑いを浮かべていた。



 麗乃とこの彼には申し訳ないが、二人には30分が限度だった。

 せめてものお詫びのつもりで義理ボトルを入れてやった 。

 もし、"OZ"の子が飲みにきたら飲ませてあげてと伝言し、麗乃を残して早々に引き上げた。

 エレベーターを待っていると、このメンパブの従業員らしい男が駆け寄ってきた。



「すみません。ご挨拶もできずに・・・」

「いいえ。もう帰るのでお気遣いなく」

「そんな・・・せめて下までお見送りさせてください」



 男は開いた扉を押さえ、二人を中に促せた。



「カズキ、失礼なことをしましたか?」

「いいえ?」

「そうですか。私、あの店の店長をやっている花形と言います。せっかくいらしてくださったのに本当に申し訳ありませんでした」



 ぺこりと頭を下げる男に美月は笑う。



「気にしなくていいですよ? 今日はちょっとだけ付き合ってきただけですから」

「今度はゆっくりいらしてくださいね」



 男は柔らかく微笑み、ビルの入口まで見送った。

 少し歩いてこっそり振り返ると、彼はまだビルの前で頭を下げていた。



「なんか・・・可哀想なことしちゃったかな・・・」



 美月は苦笑しながら美波を見た。



「そうだね。でもなんか、メンパブって大変そう」

「うん。麗乃ちゃん、前にこぼしてたよ。あのカレ、毎晩泥酔して帰るんだって」

「あんな飲み方してたらね。体、壊さなきゃいいけど」



 二人は大通りのタクシー乗り場で別れた。

 今日はなんだか3倍増しで疲れたような気がしていた。



鶉親方 ( 2018/09/23(日) 22:36 )